「言葉を、みすてないで ~文学部部員の日常~」 #03
第一話 二
ゴールデンウイーク一日目になって、あたしと司は一緒に遊びに出かけることになった。
高校近くの駅に小さなアンテナショップができて、同時に、無人の自動販売機が立ち並ぶお店もできたらしい。
冷凍食品が食べられる自動販売機だと聞いているが、中には、アイスやジェラート、温かいうどんやカレーも食べられるらしい。最新式だと聞き、あたしの期待は、けた外れに上がっていた。
駅構内のアンテナショップは沖縄のお菓子や食品を取りそろえていて、その隣に自動販売機が立ち並ぶお店があった。
何人かの人でにぎわっていて、店内にはいくつかのテーブルと椅子が置いてある。
あたしは、ちらっと司の方を見た。
司の私服は、中央に外国の風景をプリントした白のTシャツに、薄手で灰色のロング丈パーカー。ジーンズにスニーカーとカジュアルな服装だった。眼鏡をかけて、髪をポニーテールにしているのは外でも同じらしい。髪を下ろした方が良いのにと思ったが、飾り気のないのは逆に司らしかった。
あたしは黒のTシャツに水色のティアードキャミソール、下にジーンズ、ローヒールの靴と言った格好で、司の格好とは少し対照的だった。
二人で自動販売機のある店に入ってみると、冷凍食品とは言え、そのバリエーションの豊富さに圧倒される。
飲料商品を買える自動販売機が隅にあるのは当然としても、デザートを売る自動販売機、栄養を考えたお弁当を買える自動販売機や、フォーやジャンバラヤと言ったアジア系ご飯が並んだ自動販売機など、料理のジャンルが幅広い。
餃子を取りそろえた自動販売機や、うどんやラーメンなど麵類を取りそろえた自動販売機もあった。
「司、どれにする?」
あたしは期待に胸を高鳴らせながら、たずねた。
「ああ、そうだな……」
司は決めきれない様子で、いくつもの自動販売機を見ていたが、うどんやラーメンなど麵類を取りそろえた自動販売機に目を留めた。
あたしも司の視線を追うと、そこには同年代と思しき高校の生徒達がいた。
間違いない。そこには四人いて、一人は同じ三組の高良さんだった。他の三人は、まったく知らない人達だったけど。
四人は麺類に焦点を当てて注文しようとしているらしく、あたし達のところまで彼らの声が聞こえた。
「これ、これ良くない? 野菜を麺に練りこんだ『ヘルシーベジーラーメン』。ダイエットしているし丁度良いかも」
「えー。普通のラーメンが良いんじゃない。あたしだったら、この『九州豚骨ラーメン』か『北海道味噌バターラーメン』の、どっちか」
「柚野ちゃんはどれにするの?」
高良さんの声で、ようやく隣の子が柚野という名前の人だとわかった。
「うーん、わたしは『かまぼこ付き明太うどん』、これにしようかな。美味しそうだし」
「あ、待って……。これ、えび入ってない? 柚野は、えびアレルギーで、えびはだめだからさ」
柚野さんでも高良さんでもない子が言った。
自動販売機の表記を確認しながら、柚野さんが言う。
「大丈夫じゃない? 出汁も、昆布と鰹節など魚介類エキスで取っていますって書いてあるし」
「ああ、じゃあ、大丈夫かも——」
「いや、買わない方が良い」
ふいに、司が会話に割って入った。
後ろをふり向いて、突然顔を知っている人がいたことに、四人は驚いた様子だった。
あたしでさえ、司の発言の意味がわからない。どうして四人の会話に口を挟むのか、謎でしかなかった。
司が眼鏡のブリッジを指で押し上げる。
頭の良い司がすると、一気に知的な印象が映える仕草だった。
「えっと、それはどうして」
柚野さんの隣にいた女の子が、おどおどした表情のもと、たずねた。
「いいかい、柚野さんは、えびアレルギーだ。つまり、えびを食べると、じんましんが出たり、最悪な場合、重度のアレルギー発作、アナフィラキシーにかかることもある。ただ、えびそのものを摂取しなければ、えびアレルギーにはかからないと言う話ではない」
「確かにそうなのよね。出徳さん、えびアレルギーのこと、よくわかってる」
柚野さんが、はっとした表情になった。
司が、なおも話を続ける。何だか、嬉しそうな顔つきだった。
「少し調べたことがあってね。それに、ちくわやはんぺん、かまぼこなどの魚介類加工食品にはえび、または、かにがふくまれることもある。『かまぼこ付き明太うどん』のかまぼこ。これは、魚介類のすり身からつくられているため、えびの混入があるかもしれない。用心して、そのメニューを選ばない方が賢明だね」
柚野さんが少し不安そうに、自動販売機の方を指で指した。
「えっ、じゃあ、この魚介類エキスって言うのも――」
「そう。そもそも、アレルギー症状が多い原材料を使用したものには、現在、原材料表示が義務付けられている。だけど、えび・かにには、例外表示規定というものがあって、『たん白加水分解物』、『魚醤』、『魚肉すり身』、『魚油』、『魚介類エキス』の五つは、えび・かにがふくまれていることを表示しなくとも良いことになっているんだ。だから、出汁に魚介類エキスと書いてあっても、やはり、えびが混入している可能性がある」
「そうなんだ……」
少し呆然とした表情で柚野さんは言った。
司の話を聞いて、あたしの脳裏にひらめくものがあった。
「そう言えば、前にイタリアンレストランでフレッシュトマトからつくるミネストローネを食べたことあったけど、甘えびを使って出汁をとっていますって、書いてあった。考えれば、これも、えびアレルギーを引き起こすってことだよね?」
あたしが言うと、司がうなずく。
「そう。えびには色々種類があって、実は三千種も種類があるんだ。また、桜エビのように、天ぷらに入っている小さなえびでも、えびアレルギーを引き起こす。えびアレルギーの場合、出汁や天ぷらなど、原材料には十分気をつけておかなければいけないんだ」
司の話を少々真剣な表情で聞きながら、柚野さんが口を開いた。
「そうだったんだ……。たまに、外食して出汁付きのメニューを食べたときに、じんましんが出ることがあったけど、そう言うことだったんだ。今みたいな魚介類加工食品の話も全然知らなかったし、もっと良く気をつけなければいけなかったんだね」
「いや、わたしは後になって食物アレルギーになったときのために、色々調べていたことがあっただけで」
司が頭の後ろに手をやった。いつになく照れているのかもしれない。
「教えてくれて、ありがとう。すごく助かった」
柚野さんは司の手を取り、笑顔で言った。
彼女にとって、食物アレルギーをくわしく教えて事前に注意してくれる人は、命の恩人にすら近いと言うことなのだろう。
あたしも、もう少し食物アレルギーについて知っておくべきだったかな……。
周囲にそう言った食物アレルギーを持っているのは、遠くに住んでいるおばあちゃんだけ。しかも、そばアレルギーと言うから、あまり気にしたことはなかったけれど。
これからは、アレルギーについて知っておくことが、周囲の人を早く助けることにつながるのかもしれない。
柚野さんに続いて、三人が一斉に声を上げた。
「すごい。食物アレルギーのこと、良く知ってる」
「当然じゃない。前から物知りだなって思っていた」
「もしかして、お医者さんを目指している、とか?」
柚野さん以外からも口々に言われ、さすがの司も少し困惑した様子だった。
あたしはと言えば、博識な司と一緒にいることで鼻が高かった。
えびアレルギーだけじゃない、寒暖差アレルギーの話もできれば皆に自慢したいくらいだった。
あたしがちらっと司を見ると、司は困ったような顔をして、あたしを見ていた。
でも、それも一瞬のこと。
すぐに、あたしを見て微笑んだ。
つられて、あたしも微笑む。
司には、謎を解決する力があって、それも知識に裏付けられたロジックなのだ。
あたしにはない視点で、日常に潜む謎を暴いていく。
さしずめ、あたしは助手という役割になるのだろう。
自分には、そんな大層なことができるとも思えないけれど。
あたしは司のそばに寄り、身を乗り出して質問を投げかける三人を手で制する。
「はいはい、皆さん。ちょっと待って、司が困ってる」
「あっ、ごめんね。こっちもびっくりしちゃって——」
「ちっちっ。あたし達を弱小文学部部員だと思っていたかもしれないけど。文学部員でも推理はできる。中でも、司の推理は一流なんだから」
「ちょっと、愛唯」
あわてた様子で、司がたしなめるように言う。
そんなひかえめなところも、あたしには何だか可愛く思えていた。
「もっと自信持ってよ、司」
文学部員が語る推理——。
司といる時間。司の語る言葉。
それらをかみしめているときが、あたしにとって、とても大切に感じられた。
もっと、こんな時間が長く続けば良いのに。
穏やかな日常。温かな会話。
ずっと、あたしを支えてくれる言葉たち——。
あたしは司を見つめると、嬉しい気持ちをおさえることができなかった。それでも、子どもっぽい笑顔を見せないようにして、口元をほころばせた。