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2冊目 『大いなる助走』について

 こんにちは、豊世です。今回紹介する本は筒井康隆の『大いなる助走』です。筒井康隆といえば言わずと知れた古典SF作家で、SF御三家の1人とも称されています。現在も作家として活動しておられ、ジャンルを超えた挑戦的な作品を多数発表しています。
 そんな筒井康隆の作品の中で自分が一番好きな小説がこの『大いなる助走』です。今回の記事では、大幅な内容のネタバレを含むことになると思います。というのも、本作は序盤の話の流れが遅いわりに中盤以降の展開が急で、しかもその部分がめちゃくちゃ面白いからです。設定や序盤の話の流れだけを紹介しただけでは本作の魅力が上手く伝わらないと個人的に思ったため、今回は終盤まで含めて最初にざっと話の筋を紹介したいと思います。それでもかまわないという方だけお付き合いください。

1、 あらすじ
 ある企業のサラリーマンである主人公の市谷は地方の文芸同人誌の会員として、勤務の傍ら執筆を行っていました。この市谷が所属する同人誌の他の会員は、ことあるごとに文学についての論争を繰り広げるもののその内容は無茶苦茶で、社会性も欠如しています。しかし、市谷自身は文才を持ち合わせていたため、彼の作品は有名文芸誌に掲載され、その上日本でも有数の文学賞である直廾賞(なおくしょう)の候補作としてノミネートされます。
 しかし、ここから市谷の悲劇が始まります。直廾賞を受賞して作家デビューを志す市谷は、そのためには賞の選考委員作家達に取り入る必要があることを知ります。市谷は戸惑いながらもそれが文壇の不文律であると知り、渋々それに従うことになります。
 こうして市谷は金を求める作家には賄賂を贈り、女狂いの作家のために女性の世話をし、男色家の作家には自らの体を売り、ありとあらゆる手を尽くして選考委員たちに取り入ります。ほぼ確実に直廾賞を受賞できる準備を整えた市谷ですが、肝心の選考の場での委員同士の買収や個々の思惑のせいで、結果的に市谷は受賞を逃してしまいます。己の体まで売った挙句受賞を逃したことに市谷は怒り狂い、最終的に選考委員を1人1人殺害しようと画策する…というのが本作の大筋です。

2、 「文学」というもの自体の風刺
 あらすじでも少しふれたように、本作は文学者を志す作家たちをとことん醜悪に描写しています。市谷と同じ同人誌の会員たちは文学について大仰に語りながらも実際には文学の才能がないということが文章のいたるところで揶揄されていますし、市谷が直廾賞にノミネートされた際の彼らの妬みや嫉みもとことん生々しく表現されています。
 私見ですが、文学というと何かとても敷居が高いようなイメージがあります。もちろんきちんと学問としても体系立てられている故の難しさやとっつきにくさもその理由としてあるとは思いますが、現実には文学について訳知り顔で語るような人々の存在が、文学というものをやたらに難しいものにしてしまっていると自分は思います。作中で文学作家達の文学観がとことん歪んで描かれているのは、まさにそういった凝り固まった「文学」への風刺ととらえることもできます。
 そんな文学に関する本文中の記述について、一番好きな部分を紹介します。主人公市谷が選考委員たちの殺害をもくろみ、殺意という狂気に身をやつしていくシーンのモノローグです。

 …もうあとへは引けない。ただやり続けるしかない。そう思った。自分が想像していたよりもずっと冷静に事を運ぶことができたので市谷の気分はますます落ちついた。ここまで来た限りは、余計なことを考えてはいけない。ただ冷静に、感情を混えず行動すればいいのだ。そう自戒した。これはおれの文学活動なのだ。殺人をやっているのではない。おれは今おれの文学をやっているのだ。

3、 文壇そのものへの批判
 作中に登場する直廾賞がどう見ても直木賞のもじりであることは確かなのですが、実は作者の筒井康隆はこの直木賞に3回ノミネートされたものの、受賞には至っていません。このことから本作は直木賞を取れなかった筒井康隆の私怨を晴らしているともいわれています。(本人は否定していますが)
 ただ、本作が書かれたのは1979年であり、今ほどエンタメ小説やSFなどのジャンルが評価されていなかったのは事実です。筒井康隆の2度目のノミネートである『アフリカの爆弾』のときもその才能は認められながらも「直木賞は文学作品にあたえたい」という反対意見のために受賞を逃した、というエピソードからもこのことは明らかだと思います。
 それゆえに本作は過激な表現やブラックユーモアを多分に含んでいるにもかかわらず、文壇に対する批判小説として一定の評価を受けているのです(ちなみに、作中でもSF小説が直廾賞にノミネートされていますが、SFだからという理由であっさり落選させられています。この辺が私怨小説といわれる所以ですね)

 今回はこんな感じです。途中かしこまったことを書いてはいますが、やはりギリギリを責めるような過激なジョークや風刺こそ本作の最大の魅力だと付け足しておきます。本作だけの話ではなく、昔の筒井康隆の作品は現代なら発禁になるだろってくらいぶっ飛んだ内容のものが多くてめちゃくちゃ面白いです。とても時かけの原作者と同一人物とは思えないくらい。そのあたりの魅力はとても自分の言葉では表現しきれないので、気になられた方がいたら是非実際に読んでみてください。ではまたお会いしましょう。

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