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利用者さんとの距離感


シムラさんは旦那さんを早くに亡くして子どもさん達は県外に住んでいる。独居老人だが、元民生委員でおしゃべりが大好きで友達も多く、いつも誰か訪ねて来てくれる、人気者。
ヘルパーさんやケアマネジャーさんには小言を言うのでちょっとめんどくさがられているが本人も自覚の上でそれすらも楽しんでいる。
そんな素敵な意地悪おばあさんと毎週火曜日の1時間、訪問リハビリテーションとして関わることになった。

訪問するとシムラさんはいつもお菓子と飲み物を用意してくれている。

職場で利用者さんからモノを貰ってはいけないと決まりは無いがもらわない方がいい雰囲気は感じていた。

ワタシ自身も仕事をして料金も頂くのにさらに物を貰うだなんて、なんだか申し訳と思っていたので、最初は遠慮して断ったり、お腹いっぱいですと嘘をついたりしていた。
けれど、シムラさんはあの手この手の方法で渡してくれる。
訪問車のサイドミラーにお菓子の詰め合わせがぶら下がっていたり、訪問バックの中にジュースが入っている。

毎回断るほど、ワタシは鋼のメンタルは持ち合わせていないので遠慮せずにお菓子を貰う。するとシムラさんは満面の笑みで喜んでくれる。
するとなぜかワタシも嬉しい。
色々貰うことができるから嬉しいわけではない。
シムラさんからもらうので嬉しい気持ちになるのだと思う。
シムラさんもモノを渡すとき勇気が必要で、ワタシも貰う時、勇気が必要だった。
お互いの気持ちが繋がって嬉しい気持ちも繋がった。

春はタケノコ、夏にはスイカ
秋になると栗や柿、新米を貰う。
冬にはあったかいコーヒーを一緒に飲む。そんな日々が過ぎていった。

そしてまた、春が来る。

しかし、シムラさんはもういない。
タケノコもスイカもクリやカキをもう貰えないし、料理の仕方や味の感想も伝える事ができない。
タケノコ掘りに旦那さんと行った話や孫たちとスイカ割りをした話。
新米を子どもたちへ毎年贈っている話。
1人でさみしいけれど、お客さんがいつ来てもいいように、掃除してお菓子やお茶を用意してる事。
ご近所さんと縁側でコーヒーを飲みながらおしゃべりするのが楽しいと楽しそうに教えてくれていたシムラさんはもういない。
でも、ワタシの記憶にはしっかり残っている。

こんなに悲しい事はない。

シムラさんの人生を知らなければこんなに思いはしなかったかもしれない。でも、シムラさんの人生を物語を教えてもらえてよかった。


利用者さんとの距離に近いも、遠いもない。あるのは美しい距離だけだ。


※このおはなしはフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。




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