「就活エリートの迷走」は今も続く。

「辞めないで 会社がおびえる『配属リスク』」

大卒者の入社3年以内離職率は、1980年代からほぼ一貫して3割強。近年増えているわけではありません。変化があるのは、この状況が大企業入社者にも当てはまるようになったことです。かつては大企業に入社した人はあまり辞めませんでした。しかし、2000年代に入ったあたりから、この状況に変化が訪れます。せっかく意中の会社に入ったのに、辞めてしまう人が増えたのです。

まず自己分析、ネットで会社探し、エントリーシートが一次審査、面接では「あなたは何がしたいか」が問われる……こういった現在の就活の原形が出来上がったのは2000年代初頭。就活マニュアルや対策本、就活塾が乱立するようになり、高度な就活テクニックを身に付け、第一志望企業への内定をゲットする「就活エリート」が登場し始めるのは、2000年代中ごろのことです。しかし、この「就活エリート」が、入社後に迷走してしまう。早期離職はその一つの表れです。メンタルに支障をきたしてしまう場合もあります。しかし、多くの「就活エリート」は、入った会社で今も仕事をしながら、働く意欲を大きく失っています。

その原因の筆頭に挙げられるのが、意に沿わない配属です。「こんなことをするために、私はこの会社に入ったのではありません!」「この仕事じゃなければ、もっと頑張れたはずです!」「ここでは成長できません」と発言する新入社員は、10年ほど前から激増しました。

こうした状況が生まれている背景は、二つあります。ひとつは、近年の若者に顕著に見られるディフェンシブなキャリア志向です。確かな正解がみえない社会、誤って踏み外したら自分のキャリアは大変なことになってしまう、だから、リスクの少ない選択をしたい、、、こうしたリスク回避志向を、彼らは強く持っています。ブラック企業につかまっては大変だと恐れていますし、会社にたよらずにキャリアを形成していける専門力を早くに獲得したいと考えています。

もうひとつは、エントリーシートや面接での問いかけです。「当社に入社したら、何をしたいですか?」という類の問いを、多くの会社が投げかけています。この問いに、彼らは頭を悩ませます。やりたいことなんてよく分からない、でも、それでは面接を突破できない。「就活エリート」は、いろいろな情報をサーチし、意中の会社への受けがよさそうな回答を必死に探します。そして、自身の志向行動特性や過去の経験履歴などと照らし合わせ、つながりのいいストーリーを作り上げます。そして、エントリーシートにそのストーリーを綴り、面接の場で繰り返します。

就活対策で作り上げた自己物語。この仮想の物語は、自身の手や口を通して何度も再生されることで、いつしか、本当にやりたいこと、なりたい私へと変質していきます。「ああ、私は、これがしたかったんだ!」「こうすれば、私は成長できるし、社会の役に立つことができる!」。

ナラティブという言葉をご存知でしょうか。自身で語る自己の物語のことです。人は、自分の過去から現在に至る出来事を語るときに、無意識の中で物語として語ります。そして、物語として語ることで、改めて自身の過去から現在に至るプロセスや意識を再構築していきます。このナラティブの持つ力は、とても強いものです。自己アイデンティティの確立に強く寄与します。精神医療においても、ナラティブ療法として活用されています。

つまり、就活エリートは、首尾一貫した精巧なストーリーを作り、それを繰り返し語ることで、自身の自己アイデンティティを確立してしまうのです。そして、その自己アイデンティティは、意に沿わない配属によって瓦解します。こんな不幸な出来事が、今も、多くの会社で起きているのです。

職種別採用にする、内定時に配属先を通達するなど、解決に向けては、さまざまな打ち手が考えられるでしょう。「当社に入ったら、あなたは何をしたいですか」という、約束できない質問はエントリーシートや面接ではしない、という解決法もあります。しかし、そうした施策を取らなくても、意に沿わない配属であったとしても、その新入社員の気持ちを前向きにすることはできるはずです。配属された部署のマネジャーは、それをすることが期待されているのです。

一つの方法をご紹介しておきましょう。それは、彼らが就活対策で作り上げた自己アイデンティティ、その自己アイデンティテを形成するまでのプロセスを聞き出し、彼らの深層にある「自己」を掌握し、それを踏まえて、配属された部門、担当する仕事に前向きに取り組むことで得られる新たな成長ストーリーを一緒に作ってあげることです。そして、それを、彼らの手や口を通して、何度も再生させることです。つまり、自己アイデンティティの再構築をするのです。そして、そうした方向に歩み出した彼らを、「いいぞ、それで」と承認することです。

ひとのアイデンティティは、自身がどうありたいかという自己アイデンティティと、他者がその存在を認めるという心理社会的アイデンティティの双方が形成されることで成立します。そして、その役割が担えるのはマネジャーを置いて他にいません。彼らを生き生きとさせるか、やる気をなくさせるかは、マネジャーの腕にかかっているのです。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22407280Y7A011C1000000/

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22407280Y7A011C1000000/

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