なぜこの人と結婚したのか
私は来月で、結婚20年を迎える。
なぜこの人とならうまくいく、と感じ、虎視眈々と結婚まで持っていたのかについて、思い出してみたい。
出会いは職場。共通の趣味があったので、話が弾んだ。
ところで、私には、毒親育ちの観点から一つ確信していることがあった。
それは、いやいや仕事をしている人はストレスを溜めやすく、嫁や子供に暴力を振るったり、深酒をしたり、暴言を吐く可能性があるということ。
好きな仕事をしていなくても、せめて嫌ではない仕事をしている人が、どうしても外せない条件であった。
彼はかなりニッチな専門職なので、嫌嫌やっている仕事ではないだろう、と推察した。
そして、ただの彼氏ではなくて、「結婚相手」を探していた私は、交際を始めてから2ヶ月後に「結婚する気がないならこの先の交際はしない」と宣言し、その4ヶ月後に両親に紹介された。
そして、その4ヶ月後に婚約、その8ヶ月後に結婚披露宴をして入籍した。
交際開始から入籍まで1年半だった。
毒親育ちで「結婚なんて罰ゲーム」と思い込んでいた子ども時代を過ごしていた私が、職場の同期や、学生時代の友達の中で、一番結婚が早かったことに、私が一番驚いていた。
さて、私は、この男性と交際している最中に、他の誰からも感じたことのない、そこはかとない安心感を感じたのを、とてもよく覚えている。
当時、「これは安心感だ。この安心感は、なぜだろう?どこからくるのだろう?」と不思議になって、よーく観察してみた。そうしたら、わかった。
例えば、どこかに一緒に出かけるときにもたついてしまった時。または、何かを購入しようかと考えながらみている時。または、車で道に迷った時。
こういう時に、決してこの人は私のことを急かしたり、まして怒ったり責めたりしなかった。
ゆったりと構えて、待っていてくれるのだ。
また、秋田の乳頭温泉で、湯当たりしてしまった私が、夕食後に気持ちが悪くなって旅館の部屋で嘔吐してしまったときのこと。
やってしまった。もう終わりだ、と思った。
しかし、この人は、汚物の入ったビニール袋を、嫌な顔ひとつせずに、ささっと括って、寒い雪の中、外のゴミ箱まで捨てに行ってくれたのだ。
私は、この人と結婚することになったとき、自分が毒親育ちだということは墓場まで持っていこう、普通の人として振る舞い、普通の家庭を築こう、と決意した。
自分の両親は、他人の前では普通の人として振る舞うことができたので、私さえいわなければ、気づかれないと思っていた。
子供が生まれるまでの5年間は、順風満帆だった。
彼は、普通の家の娘と結婚した、と思っていたに違いない。
しかし、自分には全く向いていない子育てをする中で、結婚15年目くらいで精神的におかしくなり、怒りのスイッチがたびたび入ってしまうようになり、
その3年後には、すべて白状した。
認知がおかしい、極端に反応しすぎる、と、夫からカウンセリングにかかるように勧められ、もう嘘を突き通せなくなったのだ。
つまり、墓場まで出自の秘密を持っていこうというその決意は、18年しか持たなかった。
ああ終わった。騙して結婚したことがバレてしまった、と思った。
(つづく)