1-8 学校に行け
幸せだった。次の日も、その次の日も、その次の次の日も”体調不良”で学校を休んだ。一人の時間を過ごしていた。弟が学校に行き姉も学校に行き父親も母親も仕事などで居なくなったのを確かめてから、僕はノソノソと部屋から出る。
オシャレにどん兵衛でブランチを取る。TVをつけて○○が浮気しただとか、打倒○○政権だとかどうでも良いネガティブな情報を入手する。どのチャンネルに変えても大差ない。
「他人の生活を覗き見て何が楽しいのかな」
と、こちらもどうでも良いことをつぶやく。食べ終わったどん兵衛をキッチンのシンク内に入れ自分の部屋に戻る。
「ふぅ」
あの給食事件(と呼んでいた)からもう1か月近く経った。最初は絶望に感じていたことも人間っていうのは不思議と慣れてしまうらしい。ただのサボり癖と言われてもおかしくない元気さだ。なんとなく後ろめたいので外を出歩くことは出来なかったが、太陽もそんなに悪くない。
ふと思う。
Mさんの心境はどんな感じなんだろう。あの人は傷つくことはあるのだろうか。同じことをされても全く気にせず学校に行けるものなのだろうか。本人に聞くわけにはいかないし、聞いても仕方ないので、この考えは却下することにした。誰に相談しても、どれだけ傷ついたとしても、本人のみぞ知る真実だから。
部屋に戻るとすぐにゲームの電源を入れる。低い起動音がなっている間にTVの電源をつける。無駄のない動き。我ながら最短距離で動くものだ。
タイトルがド派手に出る。
[Push START]
この物語では僕が主人公だ。怖いものは何もない。知らない土地っていうのは不安だが、失敗したらRESETすれば良い。また元に戻すことができる。
ボタン一つで。
ゲームの世界は単純明快。正義は勝つ。勝てなければやり直せばいい。お金を貯めて新しい武器や装備を集めてやり直せばいい。RESETで全ては解決する。まさに秒で解決。
正義を持っているということはスライムだって、BOSSだって、テロリストだって同じだ。それぞれの正義のために闘っている。そして、そのことをみんな知っているようで知らない。
強い敵の影の努力は知らないし、伝説の鍛冶屋の下積み時代や、テロリスト側から見たこちらは分からない。永遠に分かり合えない。
僕は学校に行かないことで自分を安心させるという”僕の中の正義”を振りかざした。その正義対して周りの誰一人として共感した人はいない。誰一人として。
この世界も単純明快。大人は勝つ。小さな中学一年生の正義なんてゴミくずだ。他人をつまづかせる石くれにもなりえない。目の端にも止まらないただのゴミくずだ。ゲームと決定的に違うことはRESETできないということだ。使い古された言い回しで申し訳ないが、人生はやり直せない。ただ、やり抜くことや、やり遂げること、未来を変えることはいつでも出来る。
そしてゲームより優れている点はそこにある。ゲームは分岐点や、エンディングは多数あるものの、決められた値の中ででの結果。しかし現実世界は未来を変えれるということだ。結果は無数に存在する。今はアクションゲーム内にいるかもしれないが、将来的にはシュミレーションになったり、RPGにかわっていたり。すべてはあなた次第で変化していく。こんな素晴らしいゲームは他にない。やりこみ要素しかない。
いつも色んな方の前で言ってしまうのだが、初回ガチャでノーマルカードだった僕。レベルを上げ、装備を買い、リセマラせずにレアモンくらいにはなったつもりだ。まだまだ上を目指すけどな。
時報がPM3時を告げる。そろそろ母親が帰ってくる。
急いでゲームをセーブしてベッドに横になる。あくまでも体調不良なんだからこれくらいしなくてはいけない。
鍵を回す音が聞こえて母親が帰宅。買い物袋であろうビニール袋がこすれる音がする。ドンドンと体重相応の音を轟かせて廊下を歩きぬけていく。
僕は少しホッとした。
次の帰宅者は弟だろうと予想する。
が、結果より先に僕の部屋の扉が開いた。
母親だ。
『あんた、明日も学校行かんの?』
「体調、悪い。気分、悪い」
必要最低限のことを伝える。定型文だ。
しかし母親も今日は譲らない。
『なんで行かないの』
「別に」
『先生、心配しとったよ』
「ふーん」
『いじめられてるの?』
「違う」
『じゃあ、なんね』
「関係ないじゃん」
『関係ある』
「ない」
『ある』
…
『分かった』
「…」
バタン
ドアが閉まる音を背中で聞く。
行きたくない。怖い。それにもう学校行ったところで勉強わかんないし、みんなになんて言えば良いんだ。僕の気持ちなんてなんにも分かんないくせに。友達にもなんで来んかったん?って言われるだろう。先生には怒られるだろう。いっそのこと制服を捨てておけば良かった。
焦り
苛立ち
不安
後ろめたさ
恐怖
いろいろな感情が渦巻いていた。
そんなことを考えながらボーっとしていると弟、姉たちが次々と帰宅してきて賑やかな声(僕にとっては鬱陶しい)がうちの中を包んだ。今日の学校であったこと、部活で怪我をしたこと、勉強のことなどいろんな会話が飛び交っている。
中学に入学した当初は僕も少なからず話していただろう。テストの結果、クラスの雰囲気、面白い先生、苦手な先生。
もうそんなことは思い出せない。思い出したくないし。
夜ご飯はいつも通り、自分の部屋で食べる。みんなと食べるのは億劫だし、いろいろと詮索されそうで嫌だ。詮索なんてされないとは分かっていても、どこかでずる休みの後ろめたさは感じていた。
そういうこともありみんなが食べ終わった頃に、もう冷たくなったご飯を取りに行く。洗い物をしている母親は手を止めて温めるかどうかを聞いてきた。僕は無視してお皿を持ち自室へ戻る。
洗い物を再開する音が聞こえた。
ご飯を食べ終え食器を戻しにリビングに戻ると、父親も帰ってきていたらしくビールと柿の種を手にテレビを観ていた。僕は極力バレないように静かに食器をシンク内に置き足早に立ち去ろうとする。
『明日は 学校行けよ』
父親の声だ。低い声が静かに威圧してくる。
どう答えようか一瞬悩んだが、僕は割と早く決断した。
無視。
答えれない質問は返しようがない。行くと言えば地獄に行くことになるし、行かないと言えばその場で地獄行きとなる。
僕の父親は標準的な九州男児で、あまり笑わず、静かに、亭主関白でいる。お皿一枚洗ったことはないだろうし、コーヒーだってろくに作れはしないだろう。
そんな父親に捕まったらことだ。脱兎のごとく、逃げる。立ち去る。無視をする。
急いで、部屋に戻った。ここは良い。遮断されている。何も怖くない場所だ。部屋に籠っているせいか、しっかりと換気をされてないため少しかび臭い気はする。まぁ、それはご愛嬌ということだ。仕方ない。
とりあえずひと段落してお腹いっぱいになり安心をしたら僕は眠くなった。姉たちはそれぞれに寝る準備をしているようで、廊下の向こうはまだ騒がしい。弟は、、、何をしているのかは分からない。
今日はほぼ半日ゲームをしていたため目が痛い。少しは休めなきゃいけないようだ。そう、自分に言い聞かせてベッドに潜り本を読む。ここでいう本は漫画だ。何かを得るためではない。無になりたかったからだ。
次第に睡魔が波のように押し寄せてきて、僕はそれに飲まれる。
相変わらずの悪夢っぷりで、2時間に一回は目が覚める。もうこれも慣れてきた。常に電気を点けているので、夜中でもそんなに怖くない。幻覚オバケも明るいところには来ないようだ。そしてまた、僕は夢と現実の世界を行ったり来たりして、ついに、眠る。
朝は相変わらず騒々しかった。あれどこ?お弁当は?ハンコ押してくれた?などたくさんの質問と回答が飛び交う。
まぁ僕には関係のない事だ。昨日の夜も何度か目を覚ましているので、眠った気がしない。もうひと眠りしよう。
そうまどろんでいると、部屋をたたく音。
強くたたく音。
いつもと違う音。
ダンダンダン。
父親だ。
『おい、さっさと着替えろ!』
朝から大声でがなり立てる。
無視無視。どうせ無視したら会社に行くだろう。
バァァァァン。
ドアが思いっきり開く。ドアも驚いたようで小刻みに震えている。僕もビックリして飛び起きる。父親は有無を言わさず僕の首をつかみ起き上がらせる。
『さっさと着替えろ』
今度は静かに言う。
しぶしぶ僕は冬用制服に着替える。時間は8時半を過ぎた。会社には行かないのだろうか。そんな人の心配をしている場合ではないようだ。必死に僕は言い訳を考えてみたが、良い案が思いつかない。
考えろ、俺。このままじゃ学校に連れていかれる。
何も思いつかない。くそくそくそ。
母親がかばんを持ち、父親が僕をつかみ、車へと連行していく。
「ちょっと待ってよ!行かないって言ってるじゃん!」
僕も抵抗をする。が、無視。
クソっ。
『おぃ、早く車に乗れ!』
父親は怒鳴った。
時間は9時。一時間目は始まっている。
「嫌だ」僕は言い返した。
引きずるように連行された。
まだ完全に抵抗することが出来ない僕は後部座席へ投げるように入れられる。
自宅から学校までは10分もかからない。
冷や汗が出る。
苦手な車の匂いも相まって、僕は気持ち悪くなっていた。
そんなこと関係ないね、ごめんなさいねと、車は学校へと近づいて行く。
*学校に行け
この言葉を聞くことは多いだろう。言ってる親御さんも多いだろう。めんどくさいので結論から言うと、そんなことでは行きませ~ん。むしろ閉じた貝のように心も閉ざされるのが常である。
どうしてダメと分かっていても言ってしまうのか。それは価値観と感情に起因する。価値観とは親が育ってきた環境、現状、未来、他人の目。感情は学校へ行ってほしいという自分の思いだ。それはとても優しく、大きく、深い。自分は苦労したから、子供には苦労してほしくないという優しさだ。
ではどうすれば。答えは簡単。行かない選択も選べることを伝えることだ。もちろん、本人が堕落していたらそんなに優しく声をかけなくても良いと思う。(参考書にはそんなこと書いてないけどな)
本当に傷つき、心が疲れ切っていると、あなたが感じたのならそう声をかけてあげてほしい。
行く、行かないはあなたが決めれる。あなたには決めることが出来る。
先ほど、価値観と感情の話をしたが、思い出してほしい。そこの文中には【あなた】の文字は無い。あるのはすべて【私】の言葉だ。
コーチングの基本でもある、傾聴なんかそこにはない。あるのは親の価値基準と感情だけだ。それではお子様は心は開かない。
それを忘れないでいただきたい。です。
よろしければサポートをお願いいたします。サポートはクリエイター活動費に使用させていただきます。また、関連活動にも使用させていただきます。 よろしくお願いいたします。