信濃比叡「廣拯院」を訪ねて
木曽山脈の南、神坂峠(みさかとうげ)は、岐阜県中津川市と長野県下伊那郡(しもいなぐん)阿智村(あちむら)の間に位置します。ここは古代東山道の最大の難所でありました。
天台宗の宗祖、伝教大師・最澄が東国巡錫の折、この神坂峠を越える旅人のために布施屋(無料宿泊所)を建てたといいます。今から約1200年前の話、それが日本における初の民間宿泊所だそうです。岐阜県側は「廣済院(こうさいいん)」、長野県側は「廣拯院(こうじょういん)」といいます。この廣拯院は現存しており、先般、念願かなって訪ねることができました。
堂宇は近年、きれいに整備され、伝教大師の大きな立像が旅人を出迎えます。比叡山延暦寺から「不滅の法灯」が分灯されており、「信濃比叡」と冠します。
地域の子供たちは境内でラジオ体操し、近くの会社はここで坐禅など企業研修を実施。私が訪ねたその日も団体参拝の方がおられ、その方たちと僧侶は気さくにおしゃべり。道で会うすべての方が足を止め「和尚さん、」と話しかけ、その場で立ち話が始まります。のどかな村の安心の場所、といった雰囲気で、地域とともに歩む様子が印象的なお寺でした。
また阿智村は昼神温泉という温泉地を抱え、「日本一の星空の村」と呼ばれます。夜に見上げた満天の空は、それはそれは美しいものでした。
「最澄さまもこの山道(東山道)を歩いたのだな」
「この星空を見上げたに違いない」
周囲の景色は1200年前とさほど変わらないであろう、山間に、人々が肩を寄せ合って暮らしている、そんな場所。伝教大師最澄の足跡を直に追体験することができた、忘れがたい旅となりました。
(副住職 記)