フィンテック企業が本を出版する?(Window Escape② toss)
きっかけは、韓国の独立出版書店のパイオニア的存在の書店であるYOUR MINDのインスタの投稿だった。
tossという金融系モバイルアプリが「本」を作り、そのブランディングを独立系書店であるYOUR MINDとコラボをしたというニュースだった。
驚いた点は2点ある。
①「toss」というモバイルアプリを基盤としたサービスとオールドメディアである「本」との掛け合わせという点
②①に加えてYOUR MINDは独立系出版の1書店であり個人が運営する書店だ。日本に置き換えれば、MoneyForwardがユトレヒトとコラボをするぐらいの感じだ。①のテック企業と本というオールドメディアとの掛け合わせにびっくりするのに、そこに加えて年商1000億のが個人経営の書店とコラボという衝撃があった。
そこに加えてYoutubeで普段よく見ていたチャンネルの1つもtossが運営しているとわかり、詳しく知りたいと思ったのがきっかけだ。自分が見てきたコンテンツたちが連続してtossに帰結した現象を体験して1つ「コンテンツマーケティング」というワードが頭に浮かんだ。
ただのK-POPアイドルの世界観が好きでオタクを12年、ブランドの打ち出す世界観が好きで大学時代はショッピングモールに通いまくりブランドの名前をメモしまくった多分「世界観」オタク、つまりただの一消費者が、tossの世界観構築(俗にそれを今はマーケティングという)にどのように行なっているのか調べたくなった。
ただ、私はマーケティング従事者でもなくコンテンツ産業に携わっているわけではないため読み解く基盤となる言葉が必要なため、本を参照しながら読み解いていく。
SERVICE
toss
<基本情報>
2013年に設立された韓国のフィンテック企業。
VIVA REPUBLICが経営している。
売上: 1兆1888億ウォン(日本円換算約1188億円)
営業利益:2472億ウォン (日本円換算247億)
営業利益率:20%
*全て2022年
総合金融プラットフォームで簡便な送金が主なサービス。
<設立背景>
今でこそ簡単で利便性の高い送金は一般的になったが過去の銀行の送金の過程はとても面倒だった。
モバイルアプリで相手に送金するには「公認証明書」(電子取引をする際に必要なデジタル身分証明書及デジタル印鑑証明書)と保安カードという暗号の役割をするカード、2種類を発行しなければならなかったがこの2種類の発行及び手続きがとても煩雑で面倒だったため結局ATMの利用が一般的だった。
そこで2015年にtossの経営母体であるVIVA REPUBLICが2015年に簡単なTOSSの証明書と本人確認のみで送金が可能になる、利便性の高い送金システム(「簡便送金(간편송금)」)を構築、開発したのがtossの始まりである。
現在このモバイルアプリによる送金はかなり一般的で露店でも口座番号を書いた紙を送り現金ではなく口座に直接その場で送るということも韓国ではよく見られる光景だ。
特徴
tossで韓国内ほぼ全ての銀行が対応可能。
そのほか送金をサービスの軸だが、「総合金融プラットフォーム」ということもあり、銀行の借入、預金口座、貯蓄まで行える。それだけでなくモバイルポイント、クレジットカードの情報、株式等全ての金融情報をTOSSのアプリ1つで管理できる。現在保険、株式、ショッピング等多くの分野のサービスまで拡大をしている。
チームミッションは以下の通りだ。
またブランドメッセージは以下の通りである。
(チームミッションはtossのHPから、ブランドメッセージとして別途明記があったので並列をして記載する)
BOOK
『「世界観」とテクノロジーで勝つブランド戦略』
著者:佐々木康裕
出版社:ニューズピック
この本は今新しいビジネス形態として注目されているD2C(Direct to Customer)ビジネスの特徴をまとめた本で、そのビジネスの核心に「世界観」の構築方法が既存のビジネスと異なると書かれている。D2Cのブランド定義まで入れると複雑になるので、便宜上現在の新しいビジネスモデルのトレンドとして捉える。
D2Cブランドは世界観の構築の目的は「コアバリューの“コンテナ”」
にあり、その表現の手段として本何冊分のストーリー(書籍、雑誌、ポッドキャスト)」を選択する。
またモノ(プロダクツ)を売るのではなくコト(ブランド)自体のコンセプトを売り、商品はそのブランドを構成する1要素にすぎない。
その事例の1つに本書では「北欧暮らしの道具店」をあげている。
北欧暮らしの道具店は私も愛用するサービスの1つだし、好きなブランドの1つだ。
生活用品をセレクトして販売するECサイトだが、読み物、動画、ポッドキャストといった各メディアをフルに活用をしたコンテンツを主軸にある。2020年にはドラマ・映画まで制作してしまった。
本書では「モノが買えるメディア」という言葉で表現されているように。「北欧暮らしの道具店」が提供する世界観を実現するための“プロダクツ“を売っているという構造がある。
上の理論に当てはめて考えると、
読み物やYoutubeの番組、映画、ポッドキャストで伝えるストーリーを使用して「フィットする暮らし」という価値観に基づいた世界観を消費者に届ける。そしてその世界観を構築する要素として商品を販売するという構造になる。
読み物
Youtube
映画「青葉家のテーブル」
PodCast「チャポンといこう」
このようにコンテンツの提供でマーケティングをすることを「コンテンツマーケティング」という用語でも説明ができる。
tossに当てはめると
さてtossの話に戻そう。
tossのチームコアバリューを要約すると「複雑で難しい金融を簡単に、身近にする」である。
その価値観をもとにしてどのようなコンテンツを制作しているのか。
①Youtubeチャンネル
(1)「生活と経済」(생활과 경제)
受験コンテンツとして10代に人気のあるYoutuber「ミミミヌ」(미미미누)とコラボして制作したコンテンツ「生活と経済」(생활과 경제)。
コンテンツの内容としては10代の学生にインタビューをして実際に10代がどのようにお金を使っているのか、消費しているのかを探求する内容だ。文章にすると堅苦しいが1つ挙げると
2023年11月にアップロードされた「この世にオタクの神がいったなら」といって10代にインタビューをして実態のオタクの実態を調べるというコンテンツだ。
最初は、推しや好きな曲を聴いたり、実際にどのようにオタク生活を行うのか体験をするとこから、最終的に「オタクと消費者」という金融的な要素に集結していく。
(2)MoneyGraphy
文化コンテンツやトレンドをテーマとして、経済的な側面から分析する動画を公開している。
その中でも1つのテーマについて討論し、最終的に財務諸表を基盤にしてそのテーマを分析する「B主流経済学」が人気コンテンツになっている。
私もこのYoutubeチャンネルを知ったのがこの「B主流経済学 (B주류경제학)」だ。
2023年4月にアップロードされた「音盤初動が重要にならざる得ない経済的理由(IVE,NewJeans,Lesselafim,Aesop)」は4世代K-POPアイドルと呼ばれるIVE、NewJeans、Le Sserafim、Aespaの財務状況を推定し現在のアイドルトレンドを読み解くという内容で、この動画を見るまではtoss自体を知らなかったが、最終的にMoneyGraphyをチャンネル登録にまで至った。
この動画の面白いところが「財務諸表」をみたら業界の形態、特徴が読み取れるということだ。その業界の従事者がゲストで出演することが多いのだが、従事者だから体験ベースでわかることを会計士のイジェヨンさんが財務諸表を見て指摘して、ゲストが驚くという場面がよく登場する。
そしてその驚きは、見ている視聴者も同じように感じる。
アイドルだけに限らずNBA(米バスケ)とMLB(メジャーリーグ)の財務的、給与形態の違いを解説した動画もある「今全世界で野球は前代未聞のブーム?NBA VS MLB VS NFL 3リーグどこが人気か論争の整理(전세계 야구는 역대급 흥행중 ? NBA VS MLB VS NFL인기 논쟁 정리 )
(3)「THE MONEY BOOK」
tossというブランドについて深く調べてまとめてみたいと思わせたきっかけの本だ。フィンテック企業が本を出すということ自体はまだ想定の範囲だったが、販売方法にも興味を惹かれた。
冒頭でも書いているように、YOUR MINDという独立系書店(新刊書店ではなくリトルプレスやZINEを中心に取り扱う書店)、チェーン店でもない個人経営の書店とコラボしたという点が異質だと思った。書店自体がブランド自体になっていることを表しているという証拠でもあると思う。
この本を出版した理由は、今まで紹介した文化コンテンツと同じだ。
tossのブランドバリューである「誰もが便利で平等に金融生活ができる世界を作る」を達成するためのアプローチの1つだ。
それは「THE MONEY BOOK」の説明文にも明確に記載されている。
まとめ
フィンテック企業であり、Youtubeの動画コンテンツを作る会社でもない。
けれど、tossのブランドミッションである「誰もが便利で平等に金融生活ができる世界を作る」にあるように難しく身近でない金融を身近で簡単なものにするという価値観を提供するという軸のもと、Youtube、読み物(記事)、本という膨大な量のコンテンツを提供し続け「簡単で便利な金融生活」というブランド(世界観)をtossというサービスを軸として多様なコンテンツを通して提供をしている。
私は、自分の住んでいる世界に「お金」「経済」のもとに成り立っているもののそれを意識することは少ない。tossも前提としているように金融は難しく身近ではないものというイメージがあり、自分の日常生活に深く入っているのにも関わらず、日常生活で金融を意識することはない。
しかし、tossのメディアコンテンツはアイドルのオタクをしている時やプロ野球を見ている時、そのような趣味の世界(いわゆる接近性が強い=身近)と難しいとされる金融の世界の連結点を提供してくれる。
普段見ている世界、当たり前に接している世界の見方が変わる瞬間は私が言葉では表現し難い喜びがある。
その喜びが昂じて、「この会社なんだろう?」という疑問から約5000字近い文章を一気に書いてしまった。
今後も「自身の気になる、興味」を「興味」で終わらせるのではなくこうやって言語化し紐解く作業を行なっていきたい。
P.S
以前、Window Escapeシリーズと銘打って海外の事象やインタビューを翻訳して紹介するコンテンツを作ると紹介した。
当時は「外国語を通じて自分のいる場所以外のことを知る」という意味づけで開始し、本当は人物のインタビューを中心に扱うつもりだった。けれどひょんなことからtossに出会い、興味を持ってその勢いで書いてしまった。
書き終わってよく考えてみたら、これも韓国語の情報を得ていたから知り得たものだと思うのでWindow Escapeシリーズに収めることにした。