神社の山/相撲大会
村の神社の植樹に父親の代理で出た。とうさんは消防署勤務で、港の町を長時間は離れられなかったから、長男代行ってやつ?。中学生でヒマだったのかもしれない。植林したヒバを整理して桜を植えるという。そろそろ経済より潤いが欲しい時代になったのだろう。とっちゃんは骨身を惜しまず働き、重宝された。
とっちゃんは港の町に住んでいたけれど、夏休みには生まれた村に帰ってきていた。もっとも、夏休み前から、土日は農作業の手伝いにとうさんの運転する車で村に戻ってきていた。家は普通に住めるくらいにはきれいにしていたし、日常生活用具も整っていた。
かあさんは竈二つ管理していたことになる。
お盆はお寺さんにお経をあげてもらい、小高い丘にある墓地にお参りに行く。親戚中がやってきて、墓参りやら、新盆の家にお参りに行くやらする。遠い人は一泊泊まり、近所も互いに食事を共にしたりして、女衆は座る暇もない。
そして、神社の山で相撲大会。朝から俵を埋めてそれらしく作る。
子どもはみんな出るのだ。東京から生きた子も引っ張り出される。行司のおじさんは真剣で、作法から注意する。
最終日は地蔵盆で盆踊りして終わる。
神社の山の相撲大会。
とっちゃんは、小学生の時優勝した。
なんで私が知っているかというと、とっちゃんの部屋に優勝の賞状があるから。なんか偉い人からもらった賞状もあるはずなのに、フェルトペンで書かれた表彰状だけがぽつんと飾ってあって。
引っ越しで出てきたから、とか言い訳してた。相撲大会の土俵があったのは神社の山の中腹、と言っても、天辺の方で、遥か村が見渡せるちょっとした崖の上の広場だった。そこだけ棚になっていて、花見も花火もモミジの季節も、村人総出、茣蓙を敷いて宴会したという。
とうさんの書いた石碑を見に行ったとき、そこから見える風景も端から端まで説明してくれた。