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Experiment Into the ball 【掌編小説】
K君とわたしはクラブの活動報告の為にしばし鄙びた都市に下り立ったのだった そのクラブというのはサイエンス同好会のことであって かれこれ同志数名を継ぎ接ぎに成形した 概しての“科学”クラブだった K君とわたしの研究対象はそれこそ 纏まりのあるものではなかったが 今次の活動に際しては 流石にひとりで行くのも心細いと思って あるとき そこに行けば星空も観察できるのだと云ってK君を誘った K君はすぐさま了承してくれた 吾々の活動スケジュールは 午前中いきものが活発な時間に K君には自分のレポートを手伝ってもらい 昼食を挟んでからは 午後八時になるまで各自の自由に過ごしていいと云うことにした 八時以降からはK君の観測が始まり わたしはその助手として同行することになった さて避暑も兼ねていた這般の合宿地は 遷都する方角に向かう 各駅停車に乗り継いだ辺りから かなり伽藍としてきた まさにその頃 二人してこうしたスケジュールを考えていたのだったが そうした束の間 結局詳らかには予定を作り終えずに目的の駅に下り立った もともと二泊三日の初日は余裕があるからと云って 後回しにしていたところだった どうかと云って 初日は天体観測のみを行うことにした それと翌日は早くなるだろうから 深夜までは居残らないことを約束した
「S君!ちょっとこっち来てくれ」
K君はバタバタと云って わたしのことをずっと探していたらしかった それもなにかに追われでもしているのかと云うくらいに 必死に呼び止めた
「苦しそうじゃないか、一体どうして?」
午後七時 わたしもわたしで翌日の準備やら 色々やっておきたいことがあったから 真剣には聞き入れなかった が K君によると尋常ではないことがあったらしく いつも冷静なK君が声を荒げているのも この世の椿事だと思って しだいにそのムードに圧倒されてしまった
「カバンを持って行くんだ!S君!手袋は持ってるかい?」
「とりあえずは……S君!荷物はバラしてないよね!そのまま行こう!」
K君の云うとおりにした K君は先導する道すがら ブツクサとなにか計算しているかと思えば 時々後ろを振り返っては わたしが付いて来ているかを確認するかのように S君!とだけ怒号を発しては 早歩きで行ってしまう わたしからはなにも聞けなかった
「S君!湖だよ」
とだけ大仰に云ってくれるが それから小声の中身も 星がどうのとか 触れる触れないとか云うことを 気にしているらしかった が いずれも核心を射るものではなかった
「S君!……S君!」
わたしが懶そうに耽っていると K君がわたしを呼び止めた K君は感動していた
「K君……!」
驚くべき絶景だった K君は初めて優しいような雰囲気で わたしに話しかけた
「手袋はある?」
「これはこうして持てば……」
「K君!これは一体……K君!」
「S君、これはなんと云うか……信じ難いことだが……夜空から星が辷ってきて、ただこうして湖にだけプカプカと浮かんでいるんだ」
わたしの目睹する限りでもそのように思えた 流星彗星はまるで絵に描いたビー玉のように 精霊みたいに此処に来て 中空にあるミルキーウェイとの鏡面世界が いつもなら星影を降らすだけの水面に本物を譲り 反重力は二人を非常之事に連れ出してしまったのだ 瓊音は鳴り響いて
「この大きいのは……」
「Antares……ならば……」
「併し奇麗だ、本統にビー玉みたいだ」
「この輝きは一体いつ迄そうしているか……」
K君は壜の中に 湖の水と一緒にこのビー玉を入れるようにと云った
「S君!もういいだろう!余り取りすぎてもよくない!」
「こっちに来て見せてくれ!」
「K君、流星彗星と云うのはガラス製ではおかしいだろう」
「流星彗星は巨大な岩の塊で……」
「と僕も思うがね、ガラスだって原料は石灰とかそんなだろう?」
「それにこんなに小さくなっている……」
「S君、これは、なんと云うか不思議だけど本統だよ」
それでわれわれは予定を破棄して 始発で帰ることにした わたしはすっかり精気が抜けてしまって 本統か本統でないかと云う以前の問題だった カバンの中から相も変わらず 涼しい音が鳴るたびに 空恐ろしくなっていた
K君は理科室の黒カーテンを閉めて回っていた そこに彗星を閉まった壜を取り出して実験机に置いた 電燈は必要ないほど 彗星は孛っていた 壜の形によって 曲折した光というのもまた洒落ていた
「もしこれがね、ガラス製だと云うならばね、熱して再成形できるはずだよ?」
「ちゃんとした機械があれば、成分を調べることだってできるんだ」
渋々と云ってアルコールランプを置いた
「S君、燐寸を取ってくれる?」
わたしは聞こえない振りをした 絶対に気狂いの振りをしてK君を振り解いた
「それあね、あんなに美しい夜を経験したら、僕は知りたい。僕らは本統の彗星をなにも知らないんだ……」
K君は楽しそうにしていた アルコールランプの火炎は軈て瑤々していた それは酷く妖艶だった
K君は彗星をピンセットで抓み取ると その大振りな炎の中へ燻らせた むつかしい顔して
「S君!」
とだけ ちょうどアルコールランプの正鵠 鼎足台と火炎の先端が 塔の模型のようになった瞬間があった 円錐の頂点に彗星もまた玉座して ピンセットが“箒”星らしくなった つまりピンセットの主人であるK君もまた 彗星の長い尻尾となって 瞬く間に消えてしまった それで反重力の夢が終わったのである