時間の余裕が実は罠(前)
「ととろん先生、おはようございます。Uの母です。朝はやい時間にすみません。」
出勤してまもなくに電話が入った3月の初旬、週明けの月曜日。
卒業まであと2週間、カウントダウンもついに1桁に入ってきたそんな朝。
U君のお母さんから電話が入った。
「おはようございます。どうされましたか?」
朝の電話の9割以上は、欠席かもしくは遅刻の連絡なので、
そのつもりで電話をとると、お母さんが話しを続けた。
「実は先生に、お伝えしておかないといけないことがありまして、息子がですね、実は例の算数の課題プリント集をですね、土日で終わらせたのですけど、それが今朝方までかかってしまったみたいで、寝不足の状態で学校に行っているんです。」
「頑張りましたね。そして朝までかかってやり切ったんですね。U君頑張ったですね。分かりました。今日は、様子を見て、眠たそうだったら保健室で休ませるなどしますね。そして、朝からすごく褒めさせてください。」
「ととろん先生との約束だから、一回延長してもらっているから、絶対に終わらすんだって言って頑張ってました。ただ、横から見ている分には、頑張り始めたのが日曜の夜9時からだったので、土曜の朝からやっときなさいよ、と思ったのですけど。」
受話器越しのお母さんは、苦笑いしているようで、でも、
頑張っているU君の姿を嬉しそうい気持ちで見守っていたのが伝わってきた。
この課題は、人間の心の隙間を実に巧妙についてくる仕掛けになっていた。
6年生の算数は1月終わりごろまでに、
概ね新しい学習内容は終わり、2月からは、6年間の復讐と銘打った、
何とも、間延びしがちな内容になってくる。
6の1は、引き受けた時の条件で、算数の授業はベテランの少人数担当の
K先生が授業を進めてくれており、
予定通りに1月末には新しい単元はクリアしていた。
そんなK先生が、冬休み中に印刷してくれていたのが、
印刷紙器の問題集一冊分、約60ページの問題プリントだ。
「ととろん先生、使わなくてもいいので、一応お渡ししておくね。」
そうおっしゃっていただいていたプリントのボリュームは、
ずっしりと重量感のあるやり応えのある量だった。
順調に教科書が1月で終わったこと、
鬼祭りやカウントダウンノート、そして桜の雨計画など、
日々の中で子どもとの思い出作りイベントが増えてきたこと、
そして、3学期からK先生が、別のクラスが荒れ始めて、
そちらに当たる時間が増えてきた事、
そんないろいろな事情が出てきたことを受けて、仕組んだのが、
この、問題プリントを、6の1での学習最後の関門になる
課題としようと言う事だった。
「K先生、教科書の内容が終わったのであれば、明日から、このプリントを授業でやっていくように仕掛けてもいいですか?」
そう提案するとK先生は、快諾してくださり、
「こちらも助かるよ。じゃあ終わった子の丸付けは僕がするから、そのようにお願いしてもいいかな。」
と、チェック係を引き受けてくださったのだった。
かくしてこの1月後の締め切りという、
余裕があるからこその甘い罠を隠し持った、最後の大きな課題に、
6の1の子たちは挑むことになるのだった。
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