不登校先生 (9)
月曜日、保険証を確認して家を出る。
不思議な縁だ。昨年度、先月まで勤めていた小学校の校区に
その病院はあった。
異動して、降りる駅も変わって半月もしないうちに、
10年乗り降りしたなじみの駅から、
歩き出している自分がいる。
「初診なのですが」
「はい、今日は保険証はありますか。」
「持ってきました。」
「では、保険証を診察券代わりにお預かりしますね。
帰りのお会計の際にお返ししますので。」
「わかりました。」
「あと、順番の番号でお呼びしますので、本日は23番です」
「はい、23番ですね。」
「では、待合でお待ちくださいね。」
そんなやり取りで待合に入ると、診察待ちの方が5,6人座っている。
少し大きめのハートのシートに座ると、シーンとした待合室には、
オルゴールのBGMだけが小さく流れ続ける。
あれ、このオルゴール。小田さんだ。
小田和正の「今日もどこかで」
15年、この街で小学校の先生をさせてもらった中で、
一番楽しかった3年間
そこで出会った、本当に、素敵な先輩の中でも、
いつも、一番頼りになった「船長」と呼んでいた先輩が、
一緒にトリオを組むことになって、
クラスの受け持ちも決まった最初の学年会(?)で提案してくれた事。
「毎朝学年通信を出すから。二人にも朝来た時にはおいておくから。よかったら朝、子どもと読んでほしい。自分のクラスでは毎朝それを読むことから始めようと思っているから。」
船長は毎朝6時過ぎには出勤して、自分でコーヒーを入れて、
学校の新聞受けの朝刊に目を通して、社会のタイムリーなニュースと、
子ども達に伝えたい出来事を切り抜いたり感想を踏まえたりして、
また、日常の子ども達の作文や俳句なども、クラスに関係なく、
学年通信にまとめるのが朝のルーティーン。
働き方改革、そんな言葉に当てはめるなら二時間半、毎朝残業だけれど、
「何十年とこのやり方をやっているから、そんな風には思わんで、
その分放課後は、定時でかえるから」
そしてそれを有言実行してしまう。
働き方も、生き方もカッコよすぎる船長が提案してくれた学年通信
「タイトルは、小田さんの曲でな、【今日もどこかで】という曲がすごく好きで。その【今日もどこかで】が、学年通信のタイトルだから。」
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先生という仕事は、職員室のみんなで子どもを預かるという仕事は、
こんなにも、楽しかったんだな。働いて10年以上たって、
心の底からそんな思いをさせてくれた時間。
自分にとってかけがえのない大事な宝物の時間に。
毎日のように目にしていたあの【今日もどこかで】が
今、藁にもすがる思いで、診察に来た病院で、
静かにオルゴールで流れている。
座っていたシートから、ついたての後ろの椅子に移動して、
声を出さないように、泣いてしまった。
まだ診察もされていないのに。
涙を必死にタオルで拭きながら。
船長が、そして、トリオを組んだもう一人の尊敬する先輩の姐さん。
あの時の職場の、妹のような同じシマの先生。
いつもあったかく支えてくれた教務主任の先輩。
穏やかでいつも笑顔の3年目にパートナーをさせてもらった姉さん先生。
バスケット命の爽やかボーイの先生。
おっとりしていてでもシャキシャキしてたスマートガールな先生
オルゴールが思い出の中の素敵な仲間を、浮かばせ続けて。
診察までに涙を抑えないとと思いながらも、
灯りの下の砕け散った心のかけらに、
しっかり残っているのを感じさせてくれた
・・・・・・・・・・・・・・・
僕はまだ、
先生という仕事にまで、
絶望していない。
僕は、先生という仕事を、生き方を、はっきりとまだ
好きなんだ。
今日もどこかで、子どもと向き合っているあの頃の
あの人たちと働きたいと思っているんだ。
↓次話
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