老躯

老いた魚達の歩みは深海魚のようにゆったりとしてはいるが覇気は無く、どちらかと言うとのろのろとしている。剥がれた鱗の隙間にかろうじて付着している鱗を大切にするように、行先の小石にぶつからぬよう濁った目をこらしている。

遊泳ではなく漂流、といった具合か。垂れ下がった餌に喰いつくこともない。魚篭に入れられることを口にするが望んではいない。

昔は儂も海流に乗って外洋に出た、と老魚が謂う。牙の抜けた口から発する言葉は畏怖も畏敬の欠片すらない。ただ老いさらばえた化石の戯言だ。

華麗な尾鰭も雄渾を誇る背鰭もいまは見る影も無く、破れた屏風の虎のように勇ましさすら過去の遺物となっている。

時折射し込む陽かり。眼に入り眩めく。ギラリと眼孔が開くが刹那の閃光。また元の鈍く澱んだ眼となりぬらぬらと底を拭うように漂う。

お前は何を伝えたいのか。過去の誉れか、観る事のない永劫か。ごふごふと謂った言葉は最早ただの泡だった。


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