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おしりに当たる水の“カタチ”にもこだわる研究者 ~ウォシュレット®「アプリコット」誕生から25周年~

みなさんは、TOTOの温水洗浄便座「ウォシュレット[※1]」の洗浄水がどんなカタチで出ているか、ご存じでしょうか? 一見、一直線の水のように見えますが、実は洗浄水が水玉の連続で出ているのです。

※1:「ウォシュレット」はTOTOの登録商標です

最新機能を搭載したウォシュレットの最上位モデル「アプリコット」は、1999年10月に発売され、今年で25周年を迎えました。
 
「アプリコット」は発売から25年間、その高いデザイン性や最新機能でウォシュレットを牽引してきました。清潔機能をはじめとする様々な最新機能やシンプルで上質感のあるデザインは、国内外のたくさんのお客様からご好評いただいています。
 
この「アプリコット」で画期的だったのは、洗浄水を水玉連射にしたことです。なぜ、水玉にする必要があったのか? なぜ、水の“カタチ”にまでこだわるのか? 今回はTOTOで“水のカタチ”の研究に取り組む開発者を紹介します。


TOTO株式会社 ウォシュレット開発第一部 商品開発第三グループ 主任技師
永田 雄也(ながた かつや)

聞き手:TOTO株式会社 広報部 本社広報グループ 須田華帆


大学で学んだ機械系を活かすべくTOTOへ入社

――なぜTOTOに入社したのですか?

永田: もともと大学で機械系を学んでいたため、日常生活に欠かせないものを扱っている会社で、色々な人に「これ、俺が作ったんだぜ」と言えるメーカーがいいなと考えていました。
 
TOTOは、多くの人が日常的に使用する製品を提供しており、商品やサービスの品質がとても高く、歴史も長い会社なので、やりがいを感じることができると思い入社をしました。
 
――入社後から、ずっとウォシュレットに携わっていたのですか?
 
永田: いいえ、入社してから9年間、総合研究所[※2]で、シャワーの吐水形態制御(水の出方をコントロール)をするテーマに携わっていました。そこで吐水を制御することに関する基礎について叩き込まれました。

※2:TOTOの総合研究所では水まわりに関する基礎研究だけではなく、商品開発に直結するシーズ(商品やサービス開発の素となる技術やノウハウ、特別な素材や材料)技術の研究、ユニバーサルデザインを配慮した商品研究、人間工学や感性工学の分野、ライフスタイルや生活様式の研究を行っています。

――シャワーとウォシュレットの吐水の研究に違いはあるのですか?
 
永田: シャワーもウォシュレットも、同じ水を扱っているため、吐水制御の基本的な考え方は同じです。吐水を制御するためには、とことん吐水を観察し、どんな現象が起こっているのかを把握し、どうすれば制御できるかを考え、水を狙いのカタチにします。また、不具合の原因が分からなくなったときや、水のカタチが狙い通りになっていないとき、何が要因なのかを見つけるため、丸一日吐水だけを見つめていた日もあります。そのおかげもあり、吐水を手で触っただけで、水の速さや粒の大きさもわかるようになりました。
 
その後入社10年目に、ウォシュレットの開発部署に異動となり、主に吐水形態制御に関わる洗浄ノズルを担当しました。

ウォシュレットの吐水を手で触り、水玉の強さを確かめている様子

ウォシュレットから出る水の“カタチ”変える「吐水形態制御」

――そもそも、吐水形態制御とはなんでしょうか?
 
永田: 吐水とは、ウォシュレットのノズルから出てきた水のことを指し、制御とは、狙い通りの“カタチ”に吐水をコントロールすることをいいます。ただ水が出てくるだけのように思われますが、TOTOはその水の“カタチ”にもこだわっています。
 
しかし、ノズルから出てしまった水は後からコントロールすることができません。そのため、ノズルから出るまでに、水の出し方を制御する必要があります。
 
吐水を制御し、水の“カタチ”にもこだわることにより、節水と洗い心地(洗浄感)を高めているのです。
 
――具体的にはどのようなカタチに制御しているのですか?
 
例えば、空気を混入させることでボリューム感をだす、吐水を揺らし空間的に間引く、水玉状にして時間的に間引く、などです。

ウォシュレットの洗浄水の吐水形態制御イメージ

節水と洗浄感の両立を実現すべく踏み出した「吐水形態制御」

――TOTOはなぜ吐水形態制御に取り組んだのですか?
 
永田: 吐水を制御することにより、「節水」と「洗浄感」を両立するためです。
 
ウォシュレットの吐水形態制御が大きく進化したのは、1999年発売の「アプリコット」に搭載した「ワンダーウェーブ洗浄」でした。
 
ウォシュレットは1980年の発売当初から、タンクに溜めた水を温めてから吐水する貯湯加熱式と瞬間的に沸かしたお湯を吐水する瞬間加熱式の2種類がありました。
 
貯湯加熱式は、容量の大きなタンクを備えれば毎分1000mlを超えるような水量でおしりを洗浄できましたが、当然ながら、溜めたお湯を使い切ると水になる「湯切れ」が発生します。また、お湯を溜めておくタンクが必要となるため、デザインに制約が出てしまいます。
 
一方の瞬間加熱式は、貯湯するタンクがなくすっきりとしたデザインで、お湯を保温する必要がないので省エネタイプなのですが、瞬間的に作れるお湯の量が限られています。家庭で使える電気容量で瞬間的にお湯にできる最大の水量は毎分430mlほどで、単純に水量が減ってしまい、洗い心地に満足をいただけない方もいたようです。
 
そこで、吐水形態を制御して使う水量を減らし、「節水」と「洗浄感」を両立したいというところから研究が始まり、1999年に、「初代ワンダーウェーブ洗浄」が誕生しました。


1980年発売初代「ウォシュレットG」(貯湯加熱式)(左)                     1999年発売ウォシュレット「アプリコット」(瞬間加熱式)ワンダーウェーブ洗浄搭載(右)

ウォシュレットの代表的な吐水形態制御「ワンダーウェーブ洗浄」

――ウォシュレットの代表的な吐水形態制御技術「ワンダーウェーブ洗浄」の特長を教えてください。
 
永田: 初代ワンダーウェーブ洗浄は、瞬間加熱式のウォシュレット「アプリコット」に搭載された洗浄技術です。家庭で使える電気容量で作れる水量でも、たっぷりとした洗浄感でおしりを洗うことができるよう、節水と洗浄感を両立するために開発が始まりました。
 
原理としては、ポンプを使い、水を周期的に加圧することによって、流速変動を作り、水玉で吐水をしています。
 
――流速変動とは、なんでしょうか?
 
永田: ノズルから出た水の速さを、遅い→速いと周期的にコントロールすることを指します。先に出た遅い水に、後から出た加速した水が追い付き、おしりの位置で重なって大きな水玉になります。吐水が水玉連射となって間引かれることにより、瞬間加熱式の毎分430mlでも、貯湯加熱式の毎分1000mlと同じくらいの洗浄感を実現したのです。

ワンダーウェーブ洗浄の吐水の様子
1999年 初代ワンダーウェーブ洗浄イメージ図

初代ワンダーウェーブでは、減速した水→加速した水の吐水は1秒間に70回も繰り返されています。
 
水玉連射でたっぷりとした洗い心地となるのは、実は、おしりが“鈍感”なことを利用しています。おしりは速い変化を感じ分けることができないんです。体の部位によって、感覚器官の感度が大きく異なるのですが、おしりまわりはその感度が特に鈍いのです。1秒間に何個の水玉なら、「ずっと当たっている」と感じるのか……。
 
追い付かせるタイミングも絶妙なバランスで、 加速しすぎると、早く追い付きすぎてしまい、吐水がおしりに届くときには大きい水玉の状態ではなくなってしまいます。
 
逆に加速が足りないと、おしりを超えた場所で水玉になってしまうので、おしりに当たる時に大きな水玉になっていません。
 
現在のワンダーウェーブ洗浄は進化していますが、このベースの制御技術は変わっていないのです!

水玉にしたからこそ実現できた“強さ”と“量感”


――水玉にしたことによる、一番のメリットは節水ですか?
 
永田: もちろん節水もそうなのですが……。おしりの洗い心地とはなにか?を分解していくと、「強さ」と「量感」であるということがわかりました。
 
大きい粒になればおしりにあたる“強さ”がアップし、おしりに当たる水量も多くなるので、たっぷりとした“量感”を得ることができます。よって、大粒化によって、“強さ”と“量感”どちらもアップしたことがメリットであり、結果的に節水も実現できたということです。

――どのようにして洗い心地とは“強さ”と“量感”だと発見したのでしょうか?
 
永田: 「感性工学」という手法を用いています。「洗い心地」という曖昧な感覚を、物理量に置き換えた結果、“強さ”と“量感”というわかりやすい言葉になりました。

ウォシュレットの感性工学研究

――開発をするうえで、特に難しいと感じる点は何でしょうか?
 
永田: 私が吐水の研究に携わった中で感じるのは、吐水を制御し、おしりの位置で大きい水玉にするのがいかに難しいかということです。
 
ノズルの吐水の穴の大きさが0.1mmでもずれると、大きく流速が変動してしまいます。ノズルの製造の際は、穴径の誤差はプラスマイナス100分の1mm単位という厳しい基準があります。
 
その上で、製造のラインの最後に必ず全品検査を行い、狙いの位置や強さで吐水をしているか確認しています。

ウォシュレット検査の様子

吐水形態を可視化するために使うモノたち

――吐水形態制御の開発には、水の動きの観察が必要だと思うのですが、普段どんな機材を使用しているのでしょうか。
 
永田: 主に、ハイスピードカメラとストロボを使用しています。
 
ハイスピードカメラでは、最高4000分の1秒の超スローモーションで吐水を実際に撮影して、水のカタチを見ることができます。ストロボは、周波数を決めて吐水に光を当てると、吐水が水玉化しているか、どんな風にその水玉が動いているかなど、吐水があたかもスローモーションのようにゆっくり動いているように見ることができます。

――ハイスピードカメラとストロボの用途の違いを教えてください。
 
永田: ハイスピードカメラは、セッティングが少々大変なのですが、映像を記録として残せるので、後からでもじっくりと現象を観察できます。対して、ストロボはその場に持ってくるだけで手軽に使えますが、映像を記録として残せないため一長一短ですね。

ストロボで実際の吐水を見ている様子

――それ以外に使用している機材はあるのでしょうか?
 
永田: 最新の吐水の研究ではPIV(粒子画像流速測定法)といった流体計測手法を用いています。吐水に線状の光を当てて、水の中の動きを見ています。
 
ストロボやハイスピードカメラでは、吐水の表面しか見ることができなかったのに対し、PIVを用いることにより、ノズル内部の水の中の動きまでダイレクトに見ることができるようになりました。

――この突起(上図赤丸部、内部の突起)は何でしょうか?
 
永田: これは、ウォシュレットのビデの水の流れを見た様子ですが、ビデは吐水するときに広い範囲にミスト吐水するため、ノズル内で水を旋回させています。この突起は、旋回させる際の流速を調整するものです。回転方向の流れを制御し、流れが速くなり過ぎないよう、吐水した水が適切な範囲に広がるように調整しているのです。
 
PIV解析により、水の流れや流速分布の研究の解析精度が上がり、短期間で課題解決が図れるようになりました。

進化を続けるワンダーウェーブ洗浄

――1999年に誕生したワンダーウェーブ洗浄はその後どのように進化していったのでしょうか?
 
永田: 2009年に「新ワンダーウェーブ洗浄」へと進化しました。
 
新ワンダーウェーブ洗浄は、ノズルからそのまま出た水と、加速した水を交互に出すようコントロールし、おしりの位置で大きい水玉を作っているということは従来と同様です。それに加えて、大きな水玉ができる間に、速い(強い)水玉を後から出し、おしりの位置で大きな水玉と、速い水玉を交互に当てます。それにより、たっぷり感に加えて強さを感じさせ、洗浄感のアップにつながっています。

新ワンダーウェーブ洗浄の吐水の様子
2009年 新ワンダーウェーブ洗浄イメージ図

――水玉を2種類作るということですね。どのようにして作っているのですか?
 
永田: ポンプの動かし方をより細かく制御し、吐水の流速を複雑に変化させています。
 
――初代ワンダーウェーブ洗浄から新ワンダーウェーブ洗浄で1番変わったポイントはどこでしょうか?
 
永田: やはり強さですね。それまでは大きい水玉を作り、たっぷりの量感で洗浄できるのがメリットでしたが、さらに強い水玉を吐水することにより、強さの面でもカバーできるようになりました。
 
――最新のワンダーウェーブ洗浄はどのような特長がありますか?
 
永田: 2017年に、「エアインワンダーウェーブ洗浄」へと進化しました。水玉を作る技術と空気を混ぜる技術のハイブリッドです。水玉の中に空気を混入し、強さはそのままでたっぷり感をアップさせました。

エアインワンダーウェーブ洗浄の吐水の様子
2017年 エアインワンダーウェーブ洗浄 (特許取得技術)

――どのように空気を混入しているのですか?
 
永田: ノズル内にとても速い水を送ることで、周りの空気を吸い込む力が発生します。水の通り道に空気を取り込む隙間を設けることで、隙間から空気が吸い込まれ、水に空気が混入されます。

この仕組みにより水玉の大きさがアップし、たっぷり感につながりました。水玉への空気混入量を変えていき、おしり洗浄に適した空気量を検証していったところ、最適な空気量は約30%だということがわかりました。これ以上大きくすると水玉は破裂してしまいます。
 
――約30%アップしているというのは、どのようにしてわかったのですか?

永田: 水玉の大きさを測定できる粒径測定装置を活用しています。

水玉直径30%アップ

粒径測定装置により、水玉の大きさを定性的な感覚だけではなく、定量的に比較ができるようになり、より詳細な分析が可能となりました。
 
――空気を混入させる難しさとはどこにあるでしょうか?
 
永田: 適切な量の空気を入れるのがとても難しいです。

水玉が大きくなれば水のたっぷり感が増すのですが、空気を入れすぎると破裂してしまって水玉化しないので、そのバランスが難しいのです。そこで適切な空気量を検討し、最大限大きくなる水玉のサイズを見つけました。

電気の力を使わない吐水形態制御「たっぷリッチ洗浄」

――ここまでエアインワンダーウェーブ洗浄について伺ってきましたが、そのほかにも吐水形態制御をした洗浄方式はあるのですか?
 
永田: いくつかあるのですが、現在多くの商品に搭載されているのが、2012年に誕生した「たっぷリッチ洗浄(バルーンジェット技術)」です。
 
ワンダーウェーブ洗浄では、ポンプを使用していましたが、たっぷリッチ洗浄はポンプを使用せず水玉にしています。電気の力を使わず、自然現象で水玉を作っています。
 
――どのようにして水玉を作っているのでしょうか?
 
永田: ノズルの中につくった、わずか数ミリ程度の小部屋がポイントです。
 
小さい部屋に水が入ると負圧[※3]で部屋に空気が入ります。小さい部屋の中で空気がバルーン状に成長しては消える、を繰り返し、通り道が水で満ちているときは水の抵抗を受け水が減速し、空気で満ちているときはそのままのスピードで水が出ます。水のタイミングと空気のタイミングが交互に入れ替わることで、水玉化しています(下図参照)。

※3:大気圧より低い圧力のこと

たっぷリッチ洗浄のしくみ (特許取得技術)

ポンプの部分が不要になるたっぷリッチ洗浄は、お求めやすい価格帯のウォシュレットに搭載されています。

吐水形態制御によって新しい価値を創出し、世界中にTOTOファンを

――吐水形態制御は奥が深いですね。TOTOの吐水形態制御の強みはなんでしょうか?
 
永田: やはり品質の高さですね。耐久性はもちろんですが、どのような条件でも安定した吐水の品質をお客様に提供し、より快適な生活をお届けしています。
 
例えば、高台の家など水圧の低い現場でも狙いの洗浄感を出せるような開発をしています。あらゆるご家庭の条件下でもしっかりお湯を作り、十分な洗浄感を出しお客様に快適に利用いただいています。
 
お客様に快適に使っていただけるよう、細部にもこだわる会社で、社是[※4]にある通りだなと誇りに思います。

※4:TOTOグループの社是「愛業至誠 良品と均質 奉仕と信用 協力と発展」

――TOTOはトイレ、浴室、キッチン、洗面と様々な水まわり商品を扱っていますが、水まわり商品で吐水形態制御に取り組むことへの想いをお聞かせください。
 
永田: 水を使う商品であれば、どの商品にも吐水形態制御技術を活用できます。自分が培ってきた技術を他の商品にも水平展開できれば、よりたくさんのお客様に価値が提供できるのではないかと常々思っています。
 
TOTOの社是にある、「良品と均質」は特に意識しています。社外からの評価でもTOTOは品質の高さが評価されていますが、実際に、開発部門に来てから、品質に対して、ここまでやるのかと衝撃を受けました。先輩方の品質への想いを受け継ぎ、高い品質で商品を作りこむことを心掛けています。
 
――最後に未来に向けて意気込みをお願いします。
 
永田: グローバルでさらなる節水や省エネが求められ始めている中で、新しい吐水のカタチを作ることによって、節水と洗浄感を両立させて、サステナブルプロダクツ[※5]の普及に貢献していきたいと思っています。そして、新しい価値を創出し、世界中にTOTOファンを増やしていきます

※5:“きれいと快適・健康”と“環境”を両立した商品


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