【節水便器 開発秘話①】 30年前の“3分の1以下”で流せる理由――進化が加速した1990年代
この30年間でインターネットが普及したり、ポケベルから携帯電話、そしてスマートフォンへと世の中は大きく変化しています。トイレにおいても、温水洗浄便座(TOTOの商品名は「ウォシュレット®」)の普及で「おしりを洗う」ことが当たり前となりましたが、便座の下の「便器」も、この30年間で大きく進化していることをご存知でしょうか?
皆さんが毎日使っている便器の多くは、お皿やお茶碗と同じ“陶器”、つまりセラミックスの仲間です。トイレを流すのに30年前は1回あたり13リットル(※1)の水が必要でしたが、今では少ないもので3.8リットル(※2)と、“3分の1以下”の水量まで節水が進んでいます。
約30年前にTOTOへ入社した3人の開発者は、節水便器に欠かせない「2つのコア技術――セフィオンテクト、フチなし・トルネード洗浄」を開発したことで、第6回(2021年度)「日本セラミックス大賞」を受賞しました。
「節水便器 開発秘話」では、便器の変革期を歩んできたこの3人に、開発当時の苦労や、今後の展望を3話に分けて聞いていきます。
第1話は、節水便器の進化が加速した1990年代にフォーカス。
6リットルでしっかり流せる便器の開発に成功したTOTOは、進出間もないアメリカでブランド価値を大きく高めることができました。開発の鍵となったのは、“見える化”でした。
聞き手:TOTO株式会社 広報部 本社広報グループ 桑原由典
“デンキもベンキも一緒”――異分野から便器開発者へ
――素朴な疑問なのですが、皆さん、便器を開発したくて、TOTOに入社したのですか?
一木:私は、大学で宇宙航空工学を学びました。ちょうどその頃、北九州市に「スペースワールド(※3)」ができたので、同じ北九州にあるTOTOで「宇宙に関係したことができるかも?」と思って1995年に入社しました。
入ってみたらもちろん、宇宙はやっていませんでしたが(笑)。入社後3年は便器と違う仕事でしたが、1998年から研究所(※4)で、便器の表面素材の開発に関わることになりました。
柴田:電子工学を大学で学んでいたので、「『ウォシュレット®』など家電系もやっているTOTOなら採用してくれるかも」と思って1987年に入社しました。
入社の翌年には、「デンキ(電気)もベンキ(便器)も一字違いだから一緒でしょ?」といった感じのノリで声がかかり、研究所で便器の水流を研究することになりました。それ以来30年以上、(電気ではなく)便器だけに関わってきています。
堀内:私は無機化学だったので、お二人よりは便器(セラミックス)に近いことを大学で学びました。といっても、当時注目されていたファインセラミックス(超電導)だったのですが……。1989年に入社し、衛生陶器の事業部で便器の原材料の開発を担当することになりました。
そもそも、衛生陶器とは?
――TOTOは1917(大正6)年の創立以来ずっと、衛生陶器(※5)をつくり続けています。便器を陶器でつくる“強み”は、何でしょうか?
堀内: 「衛生陶器」の名前の通り、衛生的であることが一番の強みです。そして丈夫で長持ちします。
また、あまり知られていないと思いますが、「S字に曲がった中空の管」のような複雑な形も、一発でつくることができます。特に、便器の大切な要素の一つである「トラップ」と呼ばれる部分を、継ぎ目なく一体成形できるのは強みの一つですね。
一方、石(陶石・長石)や粘土など天然原料であることや、製造工程で約13%も縮みます。それも重力の影響などにより部分部分で縮み方が一様ではありません。型をつくる際に、単純に約13%大きくしても設計通りの形にならないため、変形を予測して型をつくる「割掛け(わりがけ)」という独自のノウハウが必要です。
また、ほとんどの大便器は、一つの型で一発でつくることができません。そのため、「胴」と呼ばれる本体の上に、「リム」と呼ばれる便器上面のパーツを、2人の作業者が息をあわせて接着させる「胴リム接着」という工程が必要です。
茶の湯の世界の「茶碗」のような工芸品としての一品物ではなく、衛生陶器は当然ながら工業製品です。JIS規格もあります(JIS A 5207)。TOTOの社是に「良品と均質」という言葉がありますが、わざわざ“均質”を掲げているのは、陶器は均質につくりにくいことの裏返しでもあるんです。
このように、衛生陶器の製造は、常にバラツキとの戦いなのです。
TOTOは現在、日本だけでなく、中国大陸やインド、アメリカなど、世界9の国と地域に衛生陶器の工場があり、現地で採れる石を多くつかって製造しています。私は後年、メキシコ工場、インド工場の立ち上げにも関わったのですが、世界のどの工場でも同じように、工業製品として“均質”に衛生陶器をつくることは、実はかなり大変なんですよ。
節水便器の進化は、トラップの“見える化”から始まった
――皆さんが入社されたころの13リットルの便器「CSシリーズ」(1976〜1994年)自体も、1950年代半ばから70年代にかけて日本の都市部でたびたび発生した「水不足」への対応から開発された、TOTO初の節水便器でした。この便器から節水の歴史が始まりますが、さらなる節水のために、何をされたのでしょうか?
柴田: 入社した翌年の1988年、研究所にいた私は、“便器でない便器をつくれ”がテーマの「THE BENKI」プロジェクトに参加しました。電子工学出身の私が、なぜか便器を研究することになったのです。
当然ながら、便器の中をどのように水が流れて、汚物が運ばれていくのか、まったくわかりません。特に「トラップ」は、外側からまったく見えません。そこで、「見えないなら、見えるようにしよう」という発想で、透明なプラスチックでトラップをつくり、見えるようにしました。
実はこの“見える化”が、当時のTOTOでは前例がなく、とても驚かれました。ブラックボックスだったトラップ内が見えるようになったことで、自分だけでなく研究チームのメンバーからさまざまなアイデアが出てきました。これこそが、見える化の最大のメリットかもしれませんね。
「THE BENKI」プロジェクトは研究所から事業部に引き継がれ、TOTO初のタンクレストイレ「ネオレストEX」(1993年、大洗浄8リットル)が誕生しました。「ネオレストシリーズ」は、TOTO最上位グレードのトイレとして、これ以降、デザイン・技術・環境性能をけん引する存在となっていきます。
日本より先に、アメリカ向けで6リットルに挑戦
――柴田さんはその後、日本以上に節水が進んでいたアメリカ向けの6リットル便器を開発されました。
柴田:水資源が不足しがちなアメリカでは、1994年から「1回あたりの洗浄水量が6リットル以下の便器しか販売できない」という法律(エネルギー政策法)が施行されました。TOTOは法律に先駆けて、1988年から6リットル便器をアメリカで販売していましたが、便器の上にタンクがドンッと載っている一般的なタイプでした。
日本では馴染みが薄いですが、アメリカなど海外では「ワンピース便器」が人気です。便器とタンクがひとつながり(ワンピース)の陶器でつくられ、継ぎ目がなく見栄えがよいことと、タンクの背が低く、全体的に高さが抑えられたローシルエットが特徴です。
アメリカの他メーカーは当然、法律にあわせて6リットルのワンピース便器を販売していました。これが、うまく流れないものが多かったんですね。「6リットル規制は、非現実的だ」という声すらあがっていました。
節水の鍵は“サイホン”にあり
――他メーカーが6リットルのワンピース便器で苦戦していた原因は、なんだったのでしょうか?
柴田:アメリカの便器はサイホン式便器が主流なのですが、水量が少なくなると「サイホン現象」が起きにくくなり、便器から汚物を出すパワーが弱くなってしまうんです。
――サイホン現象……。水槽の水をホースで抜いたり、灯油タンクからストーブに灯油を移すときの、“あれ”ですね?
柴田:そうです。トラップの中が水で満たされるとサイホン現象が起こり、水や汚物を引き込こんでくれるんです。古い便器ではトラップの後ろを急激に曲げて、さらにグニャグニャさせて水を滞留させることで“満水”にしていました。
この曲がりくねったトラップ形状は、トイレットペーパーや汚物を流す際に抵抗となる傾向があったのですが、6リットル規制を受けて、他社ではトラップの管そのものをさらに細くしてサイホンを発生させる手法を使うところもあり、詰まりやすくなって従来より洗浄性能が落ちていました。
そこで、“見える化”した透明トラップや便器をフル活用して、サイホン現象の発生メカニズムを徹底的に研究しました。目で見るだけではなく、水の速度を測るために流速計を突っ込んだり……。半分透明な便器をつくるために、数え切れないくらい便器を切りましたね(笑)。
当時はアナログ的な手法しかありませんでしたが、できる限り“見える化”しました。もちろん、見るだけでなく、考えることも重要……。というよりも、「考えるために見える化した」と言ったほうが正しいでしょうね。
詳細は企業秘密なのでお話できませんが、結論的には管を細くすることなく、かつ、カーブを大きくした詰まりにくい形状で、6リットルでもしっかりサイホンが発生するトラップをつくることができました。
ポイントの1つは「管の内径を均一にする」ことですが、バラツキが生じやすい衛生陶器で実現できるのは、TOTOの高い製造技術があってこそ、なんですよ。こうして開発された6リットルのワンピース便器は、1997年からアメリカで販売されました。
2002年、アメリカでTOTO便器が上位独占!
――2002年、アメリカの第三者機関(※6)による「節水大便器の性能試験」の結果、並み居る競合他社をおさえて、TOTOの便器が1〜3位を独占しました。この便器こそ、柴田さんたちが開発を進めた6リットルのワンピース便器でしたね。
柴田:洗浄性能に自信はありましたが、このように第三者から高く評価されたことは、開発者冥利につきますね。
――アメリカでは後発のトイレメーカーだったTOTOが、しっかり流れる6リットル便器で、信頼を勝ち取っていったわけですね。
柴田:私は開発者なので便器を売っていたわけではないのですが、アメリカの販売担当者は、「6リットルでしっかり流れる便器」として強力にプロモーションをかけていましたね。「便器の節水規制は非現実的」という声も、いつしか聞こえなくなったそうです。
>>>第2話に続く
<参考資料>