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「時間」 堀田善衛 感想文
最後まで緊張の途切れない小説だった。
日本人が中国知識人の視点で、南京事件の惨状を、その人間模様を1937年の12月から、日記の記録のように描いていた。
被害者の書けない悍(おぞ)ましい事実、加害者の書けないむごたらしい事実が危機迫るものとして伝わってきた。
作者のその心境の複雑さはどのようなものだったのか。苦しみ抜いた先に見えるものを期待した。
逃げて行く者、留(とど)まる者、その決断は明らかにそ人間を物語っていたと感じた。
主人公の「わたし」陳英諦は、早々に漢口へ逃げて行った兄、英昌に、ここに残り財産を守れと言われた。
時の首席、蒋介石まで南京を離れるのだから守ってくれる者など誰もいない無法地帯。
財産を守るという多くの民がいたのだが、留まる者、つまり英諦には、冷静さと深い精神力があったのだと思った。
引用はじめ
「穴倉へ引きずりこまれぬためには、わたしの精神が、いわゆる人間的なものの忘失を要求する戦争の状態の真っ只中に立っていることを必要とする」 (岩波現代文庫 p.46)
引用終わり
去れば重大なものが見えない、伝えることで、人間の「生を深め、根を強くする」という強い信念が確かにあったのだ。
ここに残ったのは、英諦、その妻、莫愁と五歳の息子、英武。
上海事変を経験していて頼りにしていた召使いの洪嫗は、いつの間にか逃げていった。
後に目の前に起きた、「書くこともはばまれる」ほどの殺戮の中で、難民の「組織化」と、声を上げ、いち早く行動した従妹の楊嬢は、当初10時間歩いて南京の英諦の元へ来た。
彼女は、何度もあった逃げるチャンスを全て拒否し留まり続け、英諦家族を支えたのだ。気骨ある楊嬢が光っていた。
後の楊嬢の悲惨な姿が想像出来なかったのだ。
恐ろしい惨劇の描写の中で、特に突き刺さし胸えぐられたのは、洪愁、楊嬢の目の前で、日軍が女性を強姦する現場を目撃してしまう地獄だった。
耐えきれず逃げ込んだ、野ざらしの柩(ひつぎ)と柩の間で伏してしまう洪愁。
「人世のうちの、ああした景を観知した以上、もはや世にあろうとは想わぬ」p.120と、自尽(自殺)したいと云う。
洪愁の女性の悲痛な叫びと悲しみが、我が身にも響いてきたようで、降り始めた雪の中の姿が目に浮かび、その究極の衝撃が自分のことのように感じられ、初めて泣いてしまった。
読む内に湧き上がる悔しさ、込み上げてくる悲しさでいっぱいになっているのだが、読む程にそこに日本と中国という国の観念が消えていったのだ。本当に何も感じなくなっていた。
そこには一人一人の人間、英諦、洪愁、楊嬢、英武がいて、その大切な人達だけを見つめていたような気がした。
引用はじめ
「厳密に云えば、他国の云々という前提は、実は不要のことなのだ、すべては人間の問題なのだから、そして人間の問題を純粋に考えるためにこそ他国の軍事支配と暗い政治気候は退けられ打破されねばならぬという結論も出て来るのだ」p.129
引用終わり
妻洪愁も英武も悲惨な死を遂げた。
楊嬢は強姦され子を宿し、そして黴毒にかかって生きながら死んでいる状態にまで貶(おとし)められた。
息子、英武の亡骸は、逃げて行った召使の手で畑に葬られた。
引用はじめ
「自分自身と闘うことの中からしか、敵との戦いの厳しい必然性は見出されえない、これが抵抗の原理原則だ。
—中略ー 南京だけで数万の人間を凌辱した人間達は、彼ら自身との闘いを、その意思を悉(ことごと)く放棄した人間達であった」p.243
引用終わり
「人間としての在り方」を問うている作品なのだ。
楊嬢は、そんな身体にされた現場の病院に入院するという。心身の傷と闘うため強い意志を持ってその病院で自分と闘いながら再生しようとしていた。
その強い意志は、「組織をつくろう」と声高に言った時と同じだと思った。
接収された英諦の屋敷に住んでいる日本の桐野太尉、流動的で狡猾な伯父、豪快な伯母、タブルスパイのK、運動家の「刃物屋」などが脇を固め、小説が映画のように面白く仕上がっていた。
緊張の糸はラストでほぐれた。
堀田善衛という作家を全く知らなかったのだが、この作品に感極まってしまった。
どんな人なのだろう。