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「離合」 川端康成 感想文

戦争で工場を破壊された電気技師の福島は、多くを失い田舎で臨時の教師を始めた。離婚後育ててきた娘(久子)は東京で暮らし、結婚の許しを乞うために田舎まで会いに来た長雄をきっかけに、娘と、また離婚した妻の明子と不思議な再会をした。

前回の読書会での川端作品、「白い満月」では、この作品より更に複雑な家族関係が描かれていて、とても難解だった。
この作品はわかりやすく、素直な家族の深い情愛やその関係性も端的に書かれていた。
父と娘のあるべき姿、思いやる心や愛情の細やかさが、読み手の胸にたたみ込むように伝わってきた。その文章が素晴らしくて、福島が、父としての川端康成に見えてしまった。

初めて会った日に、未来の婿、長雄と共に寝床で深夜まで話した福島。
また久々に再会した娘久子に、着替えを持たずに来た父が娘の浴衣を借りて、可愛げな姿で、深夜にかけて床で話す場面が印象的で、温かい気持ちにさせられた。

眠りかけながら寝床で話すという温もりの時間。昔、子供の頃にそんな時があった。父や母の実家で、従兄妹、叔父叔母たちとそんな時を過ごした。
布団の中でゆっくりと話すことで更に親近感を抱いた。そんなことがどんなに楽しかったか、その日がどれ程待ち遠しかったかを思い出した。

嫁入り支度の為に新聞紙に包んだお金、銀行で下ろしてきたの父の全財産であった。新聞紙という素朴さがやけに心に響いた。父の娘への思い、久子の涙が身に沁みた。

初対面の長雄に、「久子は母親から何も悪い影響は受けていませんね」(p.103)と父が問う。

福島が妻と別れた原因を予感する言葉であった。

久子がつき合った人から手紙をもらっていたら、「その手紙はみな焼いてしまいなさい」、と夜中であるのに父の執拗な性急な物言いに、福島の心の傷が隠れていたのだ。

福島は妻に未練があるような、許せるものならまたもう一度、との気持も薄々見えたような気がした。
妻は妻で夫に過去の過ちへの何かを伝えようと、「焼いても焼けないものも・・・?」と、この沈黙は罪の意識なのか、愛人への気持ちを断ち切れなかったという真実の気持ちの吐露だったのかがとても謎だった。

相互の思いが二人を引き合わせ、合致させた刹那の不思議な時間。妻明子が福島の前に突然現れた不思議な現象。

明子は結婚後も元の愛人と文通を続けていた。引いてはそれが離婚の原因となった。

「人間は死んでも別の人になれないんですもの」(p.114)
久子への愛情も自らの過ちも死んでも変わらないという意味なのだろうか。

「もとにもどれなくても、ただお会いしたかった」(p.115)
死んでも、久子が一人になっても、三人が家族であり、福島と明子は結婚したという事実があったということをもう一度確認し認めたかったのだろうと感じた。

そして久子が帰らないうちに明子は消えた。

明子の実家からの電報で、妻は5年前に亡くなったと。

福島は、恐ろしさと懐かしさと愛おしさと悲しみ、その複雑な心を抑えきれなかったのか、また久子にはまだ母がいると思わせたかったのか、その電報を焼いてしまった。

引用はじめ

「山や野に花が豊富なのに、町の人は狭い庭に菊をつくったり、薔薇を植えたりしている。私にはそういうところもない。ところが町の人は、山の花木や野草の花の名なんか、案外知らないものですよ。案外見てないものですな。私も東京にいた時分は、東京にしか生き甲斐のある生活はないように考えて、会社の研究室と工場のあいだだけを往復していたものだが、田舎にすみついてみると、そうでもない。そうかと言って陶淵明のように幸福を感じているわけじゃないが‥‥‥」(p.101)

陶淵明(とうえんめい)(365-427)
中国、東晋・宋の詩人。役人生活の束縛を嫌って、「帰去来辞」を賦して辞任し、以後故郷に帰って酒と菊を愛し自適の生活を送った。(大辞林)

引用終わり

夫婦も親子も思い込みで出してしまった結論が、真実とかけ離れていたり、それらを見つめることなく過ぎ去ってしまうことがよくあると思う。
目の前にある自然な花を見ないで、その良さも名も知らぬまま、別な欲望を満たそうとする。大切なものを互いに見逃してし、別に幸福があるかのように信じきってしまうのだと思った。
思い込みと決めつけてバラバラになってしまった夫婦と、父母を優しく見つめ続けた娘が、「離れたりひとつに合わさったり」。
でも家族の愛情はずっと繋がっていたのだった。
そして刹那に心を一つにした気がした。

夫婦であった、娘の母であったことを明子はもう一度確かめ認めたかった、だから幽霊となってでも現れたかったのだろうと読んだ。

家族であったという事実、実在は消えないということを信じたかったのだと、家族へのその深く離れがたい愛着を亡霊から感じ取った。

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