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「怒りの葡萄」 上巻    スタインベック  感想文

「自分達の暮らしがなくなって、どうして生きていけるの?昔がなかったらわたしたちがなんなのかわからなくなる」p.181

帰るべき家を、古里を、土地を、土を失った家族、巨大な何かに潰されそうになっていく農民達。

1929年、アメリカの世界恐慌に追い打ちをかけて、砂塵のために作物を作れなくなり、大規模資本主義農業の強烈な風に呑み込まれ、オクラホマを追われ、仕事を求め国道六十六号線でカリフォルニアを目指す農民家族の物語である。

ジョード家、刑務所帰りの主人公、長男トム、「受刑者らしき落ち着き、抵抗も奴隷根性も見せず看守になにも気取られないよう、自分を鍛えたものの顔」p.174

鍛えられた処世術が、人間性を磨いた。家族は彼の犯した罪の正当性を理解している。頼れる存在、「一歩一歩歩いていくだけ」と強くても威張らない優しい性格。

とにかく早くカリフォルニアに着きたいのに、車の故障との戦いだ。車の部品屋の悲観的な「片目の男」に、「俺は惨めって思いたいんだろう。そいつに何か被せて顔を洗え」と一歩も踏み出そうとしないその男に言い放つ。「片脚の売春婦」や「瘤がある男」がとても厳しい中でも、強かでたくましく生き抜く姿を話す。汚い言葉だが、さりげない中にも生きるすべを語り、無意識ではあるが相手に力を与える言葉を向けるトムは強い。
男はそこの中古車を修理して、狡猾な親方から逃げようと考え始めた。

どんなに過酷な環境に置かれても、人を助けようとする「お母」、「ありとあらゆる悲しい出来事を見てきて、心の痛みや苦しみを階段のように一歩ずつ昇り、人知を超えた静謐のたかみに達したようだった」p.151、と、愛情深く、はっきりとものが言えて、家族の結束を大切にしている心温かい人。
この二人を中心にジョード家族がまわっていた。

「伝道師は辞めた」というケイシーは、自分のダメさ加減を幾度となく顧みて考えていた。いつも静かに遠くを見て何が最善かを考えているように感じた。「わしが愛しているのはみんなだ」「みんなのためになることだったら全部する」というケイシーを、お母は「わかろうとするまなざしで見守っていた」p.168
トムもお母も家族全員がケイシーを信頼していた。
根無草のような不安で風当たりの強い生活には、ケイシーのような無欲で物事のあるべき姿を常に考えている人間の存在は強い味方であったと思われた

カリフォルニアに着くまでの野営の生活の中で出会ったウィルソン夫妻、
互いに貧しい中にも礼儀をわきまえ、助け合える人達、妻セイリーがジョード家の「じいちゃん」の臨終間際に自分が病にもかかわらず、テントの自分のマットレスを貸した姿には胸熱くなった。
信仰の厚いセイリーの姿は正しかった。
そして二家族一緒にカリフォルニアを目指すも、セイリーが瀕死の状態になり、やむなく別々に旅をすることになった。
袋半分のじゃがいもも差し出したセイリー。
ウィルソン夫妻にはもうお金も何も残っていない。別れ際にお父はなけなしのお金の中からくしゃくしゃの2枚の札を渡そうとするが、受け取らない。
肉の入った鍋の底にそっと札を忍ばせ置いていくお母のシーンが泣けた。

カリフォルニアへ着いて、夢破れて戻る途中の「ボロを着た男」と父と息子の証言も、お父やトムへの思いやりをもった助言であった。一番過酷な場に身を置く人が相手を思いやれる姿、「失敗」をこれから向かう者に考えさせるように話す優しさが胸を打った。

野営者、「渡り人」の集団はやがて自然に掟や秩序を持った。そしてそこに強い指導者が現れることを地権者たちは恐れていた。

カリフォルニアの休耕地を横目に、「あの畑一枚あれば、家族を食わせられる」といった言葉が胸を刺した。

引用はじめ

「やがて作物が育ち収穫されるだろうが、それまでに熱い土くれを手で握りつぶして、指の間からはらはらと地面に落とす人間は、もうひとりもいない。種にさわったり、作物が育つのを心から願ったりする人間は、もうひとりもいない。ー 中略 ー 土は鉄に踏みしだかれて作物を生み出し、しだいに死ぬ。なぜなら土はもう愛されることも憎まれることもなく、祈りも呪いも持たない」p.73

引用終わり

最も土を愛し耕したい者が、土から遠ざけられ、目の前にある畑を耕せない。

最も大きな財を持つものが搾取し、最もお金のない者が最も貧しい者に施せる。
こんな途方もない世界を生き抜くためには、

「人間のたましいがそういう一切合切が。人間すべてがひとつのでかいたましいでみんなでそれをこしらえてるんじゃないか」p.48

というケイシーの悟りを、先行きの見えない不安な世界でも自分の魂がその一部であること自覚し皆と繋がっていること胸に治めるしかない。

まだまだたくさんの素晴らしい言葉が綴られていた。心から良い作品であると感動し読んで本当に良かった。

「怒りの葡萄」下巻に続く。

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