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体育会系で陽キャ!?大河『べらぼう』の主人公について考えてみた
NHK大河ドラマ『大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」』を3話まで観て考えました。
チャレンジングだし、、観たことのない時代、観たことのない題材で興味深い。役者も新鮮かつ豪華だ。
だけど、主人公の蔦重(蔦屋重三郎)に、あまり感情移入ができないのです。
なぜ主人公に、あまり感情移入ができないのか?
格差社会の底辺を生きる青年としては、実に好感度高い。
心に熱いものを持っている。夢も理想も行動力もある。
吉原や花魁、女郎たちのために身を削る理由もしっかり描かれた。
でも、なぜあまり感情移入できないのか……?
いきなり完成された大人キャラとして登場したから?
3話を観る前、母が「これ今週も観るの?」と言い始めたころ。
「まだどんな話かよくわからないでしょ。とりあえず今週観てみない?」となだめて観はじめたころは。
(やはり、ありきたりではあるが、子役の幼少期から始めた方がよかったのでは……?)と考えていました。
子役はかわいい。とりあえず親しみが持てます。
そして、子どもの目を通して描かれる社会は、喜びも悲しみも不条理も暴力も理解しやすいものですからね。
男性主人公だから?
あるいは。
(やはり『光る君へ』は、女性が主人公っていうのでスッと入りやすかったのかなあ)とも考えていました。
本を読むのともの書きが好きな女性が、貧しさや世の理不尽で苦労して、悩んで、恋をする。
「これは私の……私たちの物語だ!」
と、少女漫画と同じぐらい、女性にとっては感情しやすい対象です。
これと比べてしまっては、「感情移入できない」のもやむをえないですよね。
3話まで観て気づいた
しかし、3話を観終わって、蔦重にとってもいいところで話が終わって、私は気づきました。
この話、吉原や花魁、女性にとっての苦艾、攻めた演出などでわかりにくくなっていたけれど。
それらを一旦とりはらって考えてみたら……。
主人公はめっちゃ体育会系で陽キャ!
……じゃないですか!
ダメでもともと、目指したもののためなら突っ走る蔦重。
ちょっと阿呆なぐらい前向きの蔦重。
各話で1回は階段から蹴落とされていますよね?
体罰、スパルタ、ドンとこい。それもガンガン乗り越えていく。
それに、コミュニケーション能力がめちゃ高くて。
吉原の花魁にも女郎にも、男衆にも女衆にも顔がきくし、何なら愛されている人気者で。
いいやつです。いいやつなんだけど。
(勝手に)思っていたのより、ちょっとパワフルすぎるすごい奴です。
これは、「切ないわぁ……」「けなげ……」「かわいそう……」「美しい……」と、キュンとする対象ではありません。
沿道で「がんばれ〜!」と旗を振りながら見送るマラソンマンのようです。
江戸時代の「本」と「文化」の物語と思っていたけれど
てっきり、『光る君へ』に続いて、戯作や錦絵などの江戸文化を描いていく話だから、今回も、戦争という「体育会系」の話ではないと勝手に思っていました。
でも、よく考えたら、底辺からのしあがった「江戸時代のメディア王」の話なんだから、「文系」かもしれないけれど「文化系」ではないわけで。
蔦重は編集部であると同時に、営業部でもあるわけだから、そりゃ体育会系が有利だし、走り回りますよね。
交流や人脈を広げる話も、これからどんどん出てくるんでしょう。
『光る君へ』から頭を切り替えていこう
いろんな意味で『光る君へ』が楽しかったので、つい比べてしまうところもありますが、自分の中では納得がいきました。
「吉原の描写、なかなかキッツイな……」
「女性としてはどのあたりに気持ちを置いて見ればいいのか?」
と考えていましたが、困難を切り拓いていく蔦重の業界スポ根(!?)として、しばらく楽しんでみようと思います。