見出し画像

プロファイリングのすヽめ

危険人物を見抜く

 私はこれまで海外バックパッカー旅行を計5回敢行しました。時には生命の危険を感じるレベルのトラブルに巻き込まれることもあります。言葉の通じない相手と密室で交渉するなど、差し迫った状況では言語以外のあらゆる情報を解析する必要が生じます。また幼少期は周囲の攻撃に晒されやすく、その反動で青年期には肥大した自意識を持て余しました。そういった自他の経験を基に十数年かけて様々な文献やデータ、また対人関係でのトライ&エラーを重ねて研究し、概ね役に立つ情報をまとめました。基礎的な概論ですが、対人関係トラブルを未然に防ぐ一助になればと思います。

主要枠組み:【行動分析学×心理学×脳神経科学×認知科学+霊長類学】

脳の階層構造

*脳機能科学は発展途上にあり、未解明なことだらけですが、機能的な面では応用できる範囲が少なくありません。スマホやインターネット、特にSNSは脳神経回路をいかに“ジャック“するかの実験場でもあります。


眼窩前頭皮質

 いわゆる「人格者」は、共感性を司る部位が非常に発達していると思われます。額の内側、眼窩のすぐ上に位置する「眼窩前頭皮質」が該当します。
 個人のおおまかな性向は、上の表にまとめた脳部位のどの分野が最も発達しているかで決まります。企業のやり手ワンマンCEOをはじめ独善的な権力者の場合、新皮質での利害打算と、利欲を追求し自己保身に敏感な爬虫類脳が突出しており、共感性分野が発達していないと考えられます。
 理想としては共感脳と計算脳が共に発達することで、「他者のために役に立つ」働きを可能にすることでしょう。

霊長類学

 人間を深く知る上で役に立つのが「霊長類学」です。京都大学霊長類研究所(現:京都大学ヒト行動進化研究センター)に代表されるように、日本の霊長類学は世界最高水準にあります。人間は新皮質が発達したことで複雑な言語機能を獲得し、結果、自身の行動を誤魔化して“粉飾”する能力を得ました。とはいえ、人間とチンパンジーのゲノム差はたったの1.2%しかありません。霊長類(主にゴリラ、ボノボ、チンパンジー、オランウータン、ニホンザル〔マカク属〕)を観察することで、我々は自身をより深く理解することができます。彼ら類人猿は、いわば我々の「前意識」の働きを教えてくれるのです。

ボス猿の存在

 群れを作る霊長類の場合、ボス猿を筆頭とする縦型社会を構成する種があります。ゴリラは単雄複雌のハーレム型ですが、基本的に対等でフラットな社会構成で、直接的な暴力抗争はあまり見られません。年少者が年長の優位者に交渉を持ちかけることもあります(エサ場の譲歩など)。ゴリラは葉・果実食のため食料資源が多く、そのため一ヶ所に留まる動機もありません。よって社会的葛藤が発生する機会が少ないことが要因と思われます。(縄張りの有無には諸説あり)
 一方のニホンザルの場合、基本的には縦型社会です。年長の優位者が絶対で、年少者が目を合わせることもありません。しかし、餌が豊富な地域のニホンザルの群れにはボス猿が存在せず、群れ同士が遭遇しても喧嘩にならずに干渉しあわないことが知られています。食料資源に乏しい地域に暮らすニホンザルの群れは、限られた資源を有効に分配するために垂直統合型の社会を形成するのです。
 つまり霊長類の社会型は、「資源分配」のスタイルによって違いが生まれます。日米の差異がよい例です。土地が広く資源が豊富なアメリカは対等・フラットな「ゴリラ型」になりやすく、国土も資源も少ない日本では、資源を有効活用するために「猿山的垂直統合型」になりやすい。環境が習性=社会形態を制御するのです。
 そして、この傾向はより小さな社会集団にも当てはまります。経済社会は「いかに無駄を省き、限られた資源から利得を生み出すか」が至上命題です。必然的に「猿山化」します。*霊長類学に関して詳しくは 山極寿一著『暴力はどこから来たか』NHK出版 をご参照ください

Fight or Flight or Freeze

 大脳辺縁系は自己保存・防衛の情動反応を分掌します。何か脅威と感じられる事態に遭遇した場合、海馬からの入力を受けて扁桃体が活発化し、「闘争/逃走/凍結」(Fight or Flight or Freeze)のいずれかを選択します。人間のみならず生物の攻撃反応のほとんどはこのシステムが原因です。大国が防衛のためと称して核弾頭数千発を保有し、軍拡が終わらないのも辺縁系の作用です。
 このシステムが作動した場合、視床下部からの指令でノルアドレナリンが放出され、交感神経が優位になり脈拍が早くなって“頭に血が上った”状態になります。同時に冷静な判断を司る前頭前野の回路がOFFになるため、客観的な判断も話し合いも不可能となる。電車や小売店でキレて恫喝する人はこの状態です。
 つまり物理暴力による凶悪犯罪の場合、このFight or Flight or Freezeシステムが過剰に活性化することが直接原因です。これは生体的防衛反応のため、自制が利きません。よって主観的には「相手が先に攻撃してきた」と自己保身的な反応になります。パワハラ、モラハラがなくならないのはこのためです。
 要約すれば前頭前野が未発達/非発達の場合、身体的暴力事件が起こりやすい。では、前頭前野が発達していれば凶悪犯罪が無くならないのかといえば、そうとも言い切れません。

知能犯とサイコパス

 前頭前野は客観的・理性的判断を司りますが、その一部である眼窩前頭皮質が機能不全なケースがあります。この場合、いわゆる「サイコパス」と呼ばれる人格が当てはまるでしょう。より正確にはトラブルを引き起こしやすい5つの性格傾向(ダーク・ペンタッド)に分類されます。サイコパスは医学的には「反社会性パーソナリティ:ソシオパス」と呼ばれます。

〈ダーク・ペンタッド〉
・マキャベリアニズム:操作的、知能犯
・サイコパシー:非社会的(リスク選好的で道徳に無頓着)
・ナルシシズム:自己中心的
・サディズム:嗜虐性向 ★最も有害
・スパイト:死なばもろとも
*以上をまとめて「ダーク・コア」と呼ぶ

 一般に膾炙しているサイコパスのイメージは、心理学的には「高マキャベリアニズム性向の人物」と定義できます。上記5つの性向(ダーク・コア)は複合的なので、その人の中でどれが優位かによって行動傾向が変化します。が、このダーク性向が強い人物は概ねリスク選好的で不確実性が高い環境を好むようです。地域的には都心部、業界的には金融やベンチャーに多いといえます。男女差によって分布傾向に違いがありますが、ここでは触れません。ただ、人間関係トラブルの代表ともいえる痴情のもつれに関していえば、カジュアルな性交渉を好むのは「高マキャベリアニズム男性+高サイコパシー女性」のペアである傾向が高いようです。
 また、ダークな人物ほど日中や晴天下を避け、暗がりや物陰で活動する傾向が高いことも判明しています。(小塩真司、2024)

ダークな人物の認知空間・SNS

 一概にダークな人物といっても、前頭葉の発達程度によって認知の傾向が異なります。サイコパシーは衝動的で自己抑制が苦手、そして罰よりも報酬に反応しやすい。プロファイリング的に「無秩序型」に分類されるタイプです。つまり公共意識が低く、欲得のためなら法的逸脱に抵抗がない。一方で高マキャベリアニズムな人物は「罰/報酬」のいずれにもフラットな反応を示し、周囲と協調的な態度をとります。目先のことにとらわれず、長期的な目的の実現のために周囲を操作する。プロファイリング的には「秩序型」に分類されますが、仮にこうした人物が共感性を身に付ければ、優れた指導者になれるかもしれません。
 その人の認知空間は言動や振る舞いに表現されます。ダーク性向が強い人物は「疲れた」「興奮した」といった一時的な状態を表す言動が多く、それもネガティヴなものが多い。そして最も重要なのが、「理想の自己」と「現実の自己」のイメージが大きく乖離していることです。これは自尊感情とも関連します。インスタグラムでの過剰な自己演出が好例です。当然、多くの人は多少ギャップがあるものですが、程度が大きくなると周囲と軋轢を生じる。これが次のステップである凶悪犯罪のシグナルとなる。臨床心理学的には自己愛性パーソナリティが際たるものです。欠けた自尊感情を埋めるべく、衝動的な行動をとって周囲に損害を与える。この傾向に拍車がかかると一線を超えます。
 付言すると、マキャベリアニズム性向が高く自己客観視が得意な人物の場合、SNSを用いた自己演出が巧妙かつ抑制が利いたものである可能性が高い。認知科学的にいえば、顔写真の加工には不快感が生じる水準があります。「主張しすぎないけど的確に加工する」自己演出能力は、一般人にとっても有用なスキルでしょう。
 逆に、衝動性が高い人物がSNSに投稿する画像はハイコントラストで赤や黄を用いる傾向が高く、輝度も高い。これらの傾向は服装にも表れるので、大きな目安になります。

環境との相乗効果

 犯罪心理学の分野では、暴力事件などの凶悪犯罪犯には特定の遺伝子が関係していることが分かっていますが、それらは環境刺激が引き金となってスイッチが入り、機能が発現します。当然、最も影響が多いのは家庭環境です。行動分析学では周囲の環境と人の反応が「促進」と「抑制」の機能を果たし、さらには金銭や成功体験といった利得によって脳の報酬回路が刺激・設定され、ドーパミンの放出パターンが形成されることで、人物の行動や習慣、思考パターンが構築されると考えられます。
 つまり、暴力的で不和な環境で育てられれば、遺伝機能が発現し、加えて自己防衛反応によって攻撃行動が現れ、それによって周囲を支配することが成功体験となり、犯罪によって金銭を獲得できるようになれば、行動パターンは促進、固定されるでしょう。
 上記のような負のスパイラルを断ち切るには、第三者の介入が必要不可欠です。最も大切なのはダーク性向の促進因子を無くすこと、すなわち環境自体を改善することです。意志の力のみに頼るのではなく、無意識の行動パターンを制御する環境回路そのものを改変する必要がある。我々は積極的に環境に働きかけるべきです。

まとめ

 危険人物=ダーク性向の人物は、自己イメージのギャップに葛藤を抱えており、それを解消するために極端な行動を取りやすい。具体的にはリスキーなビジネスやギャンブル、あるいは冒険などです。そして自尊感情が低下しているため被害意識を抱きやすく、防衛反応として攻撃的になりやすい。
 また、数あるダーク性向の中で最も危険性のあるサディズム性向=加害性は、遺伝と環境の負の相乗効果によって発現・促進された場合に凶悪事件を引き起こす可能性が高く、行政をはじめとする第三者の介入によって環境の改善・美化による対策が不可欠。犯罪やトラブルに巻き込まれないためには、そもそもそういったリスキーな環境に近寄らないこと、衝動的で無責任な人物には関与しないこと、そして、付き合いが必要な人物はよく観察すること。常識ではありますが、こういった基礎的な部分を押さえておくことが有効です。
 本稿はあくまで基礎概論ですので、個別具体的な手法・技術に関しては機会を改めたいと思います。

〈主要参考文献〉

  • ロバート・K・レスラー『FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記』早川書房、2000年

  • 杉山尚子『行動分析学入門』集英社、2005年

  • 山極寿一『暴力はどこから来たか』NHK出版、2007年

  • 原田隆之『入門 犯罪心理学』筑摩書房、2015年

  • 越智啓太『犯罪捜査の心理学』新曜社、2015年

  • デイヴィッド・イーグルマン『あなたの知らない脳 意識は傍観者である』早川書房、2015年

  • 林(高木)朗子,加藤忠史『「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか』講談社、2023年

  • 中野珠美『顔に取り憑かれた脳』講談社、2023年

  • 小塩真司『「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学』筑摩書房、2024年

いいなと思ったら応援しよう!