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鍵盤奏者になった話
私はミステリーが好きだ。ミステリー小説を愛読しているというほどではないが、
「不思議な話があってね」
と前置きされると、首を突っ込んでしまう。これは、そんな私におきた不思議な話だ。
2017年8月。私はバンドのメンバーと共に北海道をツアーしていた。憧れだったライジング・サン・ロックフェスティバルに参加することができた。その日は生憎の大雨で、会場中も水浸し。石狩湾新港の埠頭一帯はひどく泥濘んでいた。ところどころ小さな川のようなものもできていて、移動するのも一苦労だった。そんな日ではあったが、私たちは初出演ということでたいそう意気込んでいた。
私たちのステージはボヘミアンガーデンという、会場内でも一番端っこにあった。蓋を開けてみたら、ポツリポツリと人が集まってくれていた。有り難かった。演奏が進むにつれ、次第にお客さんたちは増えていった。私たちは精一杯演奏して、フェスを楽しんだ。お客さんたちも喜んでくれていた。すこぶる、いい感触だった。
翌日、移動中にメンバーのアニーが、Facebookに投稿されている記事を発見した。私たちのライブレポートだった。おお!翌日にもう上がっているなんて、仕事が早いなあ。何て書いてあるの?と、私は聞いた。アニーは一読して、こういった。
「割とざっくりしてますね」
え、短い文章だったのかな? 私も読んでみた。
レポートは非常に丁寧に書き込まれていた。当日が荒天だったこと。私たちが初出演だったこと。お客さんたちがいい感じで集まり、ステージ前は大盛り上がりだったこと。何より、フェスのレポートっぽく、曲ごとの解説もあった。私たちがみんなで歌えるように「カントリーロード」を選曲したことも書いてあった。ライターの人は現場にいて、熱量を感じていてくれたに違いない。嬉しかった。
だが、不思議なことが一つあった。冒頭のメンバー紹介にはこう書かれていた。
「メンバーは3人。バイオリンとギター、そして鍵盤のトリオだ」
私は鍵盤奏者になっていた。確か、私はバウロンというアイルランドの太鼓を演奏していたはずだった。
「確かにざっくりしているね」
私はアニーに答えた。ですよね、とアニーも言った。
書き間違えたのかな? しかし、他の全てのディティールは完璧だった。
「俺、鍵盤弾いてたかな?」
メンバーに一応確認したが、私は鍵盤は弾いていなかった。ステージにピアノもキーボードも置いてなかった。間違える要素が見当たらなかった。
ひょっとしたら、ポコポコとした独特のバウロンの音がシンセの打ち込みっぽかったのだろうか? あまりにメロディアスで、太鼓に聞こえず、鍵盤で加工していると思ったのだろうか?
断っておくが、この間違いで気分を害した、とかは一向になかった。寧ろ、音だけ聴いて間違えていたなら、逆に嬉しいくらいだ。私の演奏は、もはや太鼓の領域を超えている、ということなのだから。ただ、見た目は太鼓なんだけど、何故だろう? 謎がしこりのように残っていた。まあでも何かあって、書き間違えたんだろう、と思っていた。
すると、その記事を見たファンの方がFacebookの投稿欄に書き込みをしてくれた。
「ジョンジョンフェスティバルは、バイオリンとギター、そしてバウロンという太鼓です」
おお〜! 書き込んでる。私たちは俄かに色めきだった。するとしばらくして、おそらくその記事を書いたであろう人が返事をしていた。
「いえ、ジョンジョンフェスティバルは、バイオリンとギター、そして鍵盤でした」
断定されていた。私は鍵盤奏者だったのだ。でも、ピアノは弾けない。指は多少長いが、残念ながら弾けない。できるなら弾きたいが、残念ながら弾けない。
本当なら、このままそっとしておいた方がよかったかもしれない。ただ、指摘してくれたファンに申し訳なかったし、知らない人がレポートをみて、ライブにきたときに
鍵盤がいない!
とがっかりされるのも困るので、私はその後に書き込んでしまった。
「本人です。私はバウロンという太鼓です」
すると翌日記事は何もなかったように、バウロンという太鼓、に差し変わっていた。
バウロンミステリー 未解決事件 ファイル No.1
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