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『嵐』(1956年10月24日・東宝・稲垣浩)

 稲垣浩監督、製作による心温まるドラマ『嵐』(1956年10月24日・東宝)。数ある笠智衆出演作品でも、個人的には最高作の一本。島崎藤村の原作を菊島隆三が脚色。大正中期から昭和にかけて、仏文学教授の笠智衆が、妻を喪くして、親類に預けてきた四人の子供を引き取り、男手一つで育てていく。他人任せではなく、自分の力で子育てをしようと、大学教授の職も辞して、子供と向き合っていく。七年間に及ぶ、四人の子供たちとの日々を、稲垣浩は優しい眼差しで、綴っていく。同時に大正デモクラシーの時代、米騒動からのストライキ、関東大震災、そして治安維持法といった、当時の日本が歩んできた様々な出来事も、セリフはシチュエーションの中で描いていく。

 成長した四人の子供達には、長男・山本廉、次男・大塚国夫、三男・久保明、長女・雪村いづみが演じているが、彼らが登場するのは、映画が始まって48分ほど経ってから。それまでは子役が演じている。この子たちが抜群に素晴らしい。長男・武田昭、次男・鈴木映弘、三男・平奈淳司、長女・中村葉子。実に生き生きと演じていて、ばあや役の田中絹代、笠智衆とがっぷり芝居をしていく。

 稲垣浩は、鳴滝組出身で、どうしても時代劇の巨匠のイメージが強いが、障害児たちの暮らしを生き生きと描いた『手をつなぐ子等』(1948年)、『忘れられた子等』(1949年)、本作の後になるが児童ファンタジーの傑作『ゲンと不動明王』(1961年)など、子供を見つめる眼差しが素晴らしい。清水宏と共に、児童映画の佳作を手掛けている。なので、本作でも前半、親戚に預けられていた子供達が、父親になじまず、お互いが苦労していく描写が、実に丁寧。子供の心を本当によく描き出している。

 大正中期、帝大仏文学教授・水沢信次(笠智衆)が、ヨーロッパへの洋行から戻ってくるところから物語は始まる。7年前、末娘・未子(中村葉子)の出産時に妻が亡くなり、四人の子供を各地の親戚に預けたことが気がかりになっていた。欧州での暮らしで家族の大切さを実感した水沢は、義妹・しづ江(東郷晴子)に預けていた長男・太郎(武田昭)と次男・次郎(鈴木映弘)を引き取る。賄い付きの芝の旅館で、父子三人の暮らしが始まる。太郎と次郎は互いに「太郎ちゃん、次郎ちゃん」と上も下もなく呼び合い、水沢は息子の人格を尊重して「太郎さん、次郎さん」と呼ぶ。小学校低学年の男の子と一緒では、大学で教鞭をとることもできない。地方への講演会に二人を連れていくが、それも長続きはしない。

 そこで水沢は大学に退官願を出して、在宅で出来る仕事、フランス語大辞典の執筆に没頭することにする。昵懇にしている出版社・誠心堂の社長・石井(加東大介)が好人物で、辞典完成までの生活費の面倒を見てくれる。「先生のライフワークになりますよ」。しかし水沢は「ライフワークは子供だ」と、あくまでも子供優先である。その夏のお盆、次郎が末ちゃんも一緒に暮らしたいと言い出し、水沢は横浜に預けていた未子も育てることに。

 それを機に一家は、飯倉片町の一軒家を借りることに。さらには子守、家事をばあや・お徳(田中絹代)に頼み、一家五人の暮らしが始まる。兄妹とはいえ、別々に育ったので、なかなか馴染めず、喧嘩が絶えない。そこへ、田舎に預けていた三男・三郎(平奈淳司)も呼び寄せるが、都会育ちの三人と三郎はうまくコミュニケーションができない。田舎訛りを馬鹿にされたり、どんどんいじけていく。そんな三郎を不憫に思った水沢は、三郎がどんな悪戯をしても決して怒らない。三郎はそれが辛くて、一度も「お父さん」と呼ぶことができない。それが、ある事件がきっかけとなり、水沢が三郎を打ってしまう。父に打たれて、大泣きする三郎。水沢は息子しっかり抱きしめ、二人が心を通わせていく。

 田中絹代のお徳は、苦労人で、おそらくは家族に恵まれなかったのであろう。無心に母親役を続けて、子供達を暖かく見守っていく。この辺りが見事。この三郎のシークエンスから、七年後に時間移動するのも見事。

 次郎(大塚国夫)と三郎(久保明)は共に、画家を目指して日本画を学んでいるが、こと絵についてはライバル。長女・未子(雪村いづみ)は女学生となり、仲良し兄妹だけど、次郎と三郎は絵に関しては喧嘩が絶えない。長男・太郎(山本廉)は、水沢家を再興するため、田舎で農業に従事している。後半は、四人の子供たちが父の支えになっていきながらも、それぞれが大人になって自立していく様を、水沢の寂しさと共に描いていく。

 108分の上映時間は、程よく、ゆったりたっぷりと家族のドラマが展開していく。特に大塚国夫と久保明の画家としての矜持、絶対に譲れない一線ゆえのぶつかり合い。そしてその解決方法を父が見出していく展開は、日本映画というよりハリウッドのホームドラマ的でもある。物語は満州事変後あたりで終わっていくが、太郎、次郎、三郎を待ち受けている戦争の時代を考えると切なくもなる。

 ラスト、家を出ていく次郎の送別会シーンから、翌朝の出発にかけての展開も見事。寂しいから「見送らない」と決めたお徳、水沢も「送らないよ」。「では行ってきます」と次郎。しばらくして、次郎の足音が聞こえるが、お徳は「気のせいですよ」。しかし庭先にひょいと顔を出す次郎。「この家の周りを一周してきました」と改めて「行ってきます」。その「さよなら」の感覚をさりげなく描く。稲垣浩の最良作の一本である。

 

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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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