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『喜劇駅前天神』(1964年・東京映画・佐伯幸三)
シリーズ第10作。ハワイロケ篇の前作『喜劇駅前音頭』から2ヶ月後の昭和39(1964)年10月31日に、クレージー映画初の時代劇『ホラ吹き太閤記』と二本立てで公開された。この間に、日本中が東京五輪に湧き立っていた。閉会式直後の公開だが、撮影は五輪直前に行われているので、当時の騒然とした東京風景を感じることができる。
今回の舞台は、東京文京区の湯島天神。タイトルバックは三木のり平デザインのキャラによるアニメーション。「桃屋」のC Mは、民放草創期から放映されて、(メガネをかけていないが)お馴染みののり平キャラがおみくじを振るアニメーションが楽しい。冒頭、赤坂見附の高速道路風景、『キングコング対ゴジラ』(1962年)ではミニチュア化された営団地下鉄丸の内線の後楽園駅(地上)が活写され、地下鉄の階段出口(新大塚駅で撮影)から森田徳之助(森繁久彌)が上がってくる。出口の横断歩道で立っているのは「ウルトラマン」の中の人、古谷敏。
この地下鉄「天神前駅」は実在ではない。湯島天神の最寄り駅は、この後、地下鉄千代田線が開通してからなので、架空の駅である。湯島天神の巫女・千鳥(畠山みどり)が歌っているのは、彼女のヒット曲「恋は神代の昔から」。伴野孫作(伴淳三郎)が、天神下のアパート白梅荘に越してきた坂井次郎(フランキー堺)に電話をかけるショットがあるが、煙草屋には「TOKYO 1964」のペナントが晴れがましい。
湯島を舞台にしているので、今回の物語は「婦系図」をベースにしている。森繁の徳之助は、真砂町の先生ならぬ「青山の先生」。ドイツ文学者ならぬ英文学者で英語教師。次郎はその弟子・早瀬主悦のポジション。青山の先生には、娘・由美(大空真弓)がいて、彼女は原作では妙子の役回り。で、先生に内緒で、愛人・お蔦ならぬ染子(池内淳子)と湯島に新所帯を構えるところから物語が始まる。
孫作は天神下の魚屋・孫惣(婦系図では“めの惣”)。女房・京子は中村メイコ。メイコがハキハキした江戸っ子ぶりなので、孫さんも下町の旦那と云う雰囲気がある。森繁には「江戸っ子のカントリーボーイ」と絶妙の例えを言われるシーンがあるが(笑)魚屋の若い衆に松山英太郎。
そして今回のお景ちゃん(淡島千景)は、かつて「青山の先生」の恋人で本当は由美の母だが、亡妻の娘ということにしてある。天神下らしくお好み焼き屋「お景」の女将、染子はそこで働いている。徳之助と景子、由美をめぐる「親子の物語」と、次郎と染子の「秘めたる愛」がメインストーリー。ことほど左様に、『喜劇 駅前天神』はリメイクといって良いほど『婦系図』を下敷きにして、それを喜劇にしているので、いつものように物語が破綻することなく、安心して見ていられる(笑)人物の出し入れが整理されているので、フランキーのキャラクターも小手先の笑いではなく、「何かに取りつかれた奇妙な人」というフランキー喜劇が味わえる。
『婦系図』の敵役・河野財閥にあたるのが、大野英造(左卜全)、妻・松枝(沢村貞子)、息子・昭夫(佐原健二)。この頃「ウルトラQ」撮影中の佐原健二が、いやらしい馬鹿息子を憎々しげに演じている。その妹・道子には中原早苗。由美と次郎が歩く、坂道の電柱に「リキトルコ」の看板がある。力道山経営のリキスポーツパレスの中にあったトルコ風呂(ソープランドではない、本当のスチームバス)。
湯島のジャズ喫茶で、再び畠山みどりさんの千鳥が登場。主題歌「一寸先はわからない」を歌う。作詞は「ゴジラ」シリーズの脚本家・関沢真一さん。歌の後半で、湯島天神の宮司で、千鳥の父・菅原盛道(三木のり平)が乱入してくる。のり平さんに電話でお話を伺った時「駅前なんて中身がない映画だったよ」と仰ってましたが、中身がないだけに、瞬間最大風速の笑いを担ってくれて、三木のり平という喜劇人の芸の記録となっている。舞台は残らないけど、映画に記録された(たとえ悪ふざけでも)芸を、僕たちは楽しむことができる。「くだらない」ものが、どう「くだらなかったのか」を知るのも楽しい。
久しぶりにお景ちゃんの家で、しんねりむっつり、徳之助が過ごしていると、のり平の菅原盛道が乱入してきて、お慶ちゃんの三味線で、珍妙な謡が展開される。段取りだけで、のり平が次々と脱線していく。こういうグダグダしたシーンに、二人の芸の力が垣間見えて、これだから「駅前」を観るのはやめられない(笑)
で予定通り「青山の先生」に、染子と別れろと言われた次郎。湯島天神で染子に別れを告げようとするシーン。B G Mは「湯島の白梅」、セリフも新派調となる。この本歌取りは、今ではどうということはないが、当時の観客は「婦系図」がデフォルトだったから、大いに受けたことだろう。広瀬健次郎さんの音楽は、後半、のり平が乱入してから、ディキシーランドにアレンジされて狂想曲となる。
都落ちした次郎が、高校教師になり新幹線で赴任先の岐阜羽島に行くが、フランキーと中原早苗が開業まもない岐阜羽島駅前でのツーショットは、当時としては最新。この2年後、加山雄三の『何処へ』(1966年)の舞台となり、ラスト、星由里子と「ブラックサンドビーチ」を踊るのが岐阜羽島駅前だった。
今回も『喜劇駅前飯店』に続いて、巨人軍の王貞治選手がゲスト出演。由美ちゃんの同級生という設定。照れ臭そうにお好み焼きを焼いて「ホームラン焼きですよ」。ナボナのようなぎこちない芝居に人柄の良さを感じる。
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![佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/23177575/profile_8618a9f831e46256519e037e972f1794.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)