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『ベルファスト』(2021年・アイルランド・イギリス・ケネス・ブラナー)

 ケネス・ブラナー脚本・監督『ベルファスト』(2021年・アイルランド・イギリス)。本当に素晴らしかった! 1969年8月15日から、1970年の春にかけて、ベルファストの紛争地区のある一家の物語。昨日まで、普通のご近所付き合いをしていたエリアで、カソリックの人々がプロテスタントの過激派に分断されてしまう。

 そこで生まれ育った9歳の男の子・バディ(ジュード・ヒル)の眼を通して、かけがえのない日々が綴られる。社会派映画というより、ケネス・ブラナーの少年時代の楽しかった日々を描く「家族映画」の秀作。ロンドンに出稼ぎに行って、2週間に一度しか帰って来れない大工の父さん(ジェイミー・ドーナン)。父さんとは幼なじみでベルファストを愛している母さん(カトリーナ・バルフ)。弟とは正反対の性格の兄さん。恋のイロハを孫に伝授してくれるお祖父ちゃん(キアラン・ハインズ)、いつまでも夫を愛しているお祖母ちゃん(ジュディ・デンチ)。

 街にバリケードが張られ、軍隊が出動している苛烈な状況下だけど、例えるなら、ジュディ・ガーランドの「若草の頃」「大草原の小さな家」のような「家族の日常」が愛おしく描かれる。

 過激派が街を分断した翌日、リビングのテレビで「宇宙大作戦」が流れていて、週末、家族で観に行こうしているのは、シナトラ一家のミュージカル『七人の愚連隊』(1964年)❗️


 兄さんと固唾を飲んで見詰めるブラウン管では『リバティ・バランスを射った男』(1962年)ジョン・ウェインとリー・マーヴィンに、ジェームズ・スチュワート!

 教育映画だと、父さんが連れてってくれたのは『恐竜100万年』(1966年)‼️ 母さんは「ラクウェル・ウェルチが教育映画❓」と呆れている。

 家計をやりくりして、真面目に税金を払う母さん。競馬でラクになろうとしている父さん。どこの家にもある、些細なことでの夫婦喧嘩。

 バディは、初恋の女の子と席を並べたくて勉強を頑張っているけど、歳上の従姉妹から万引きの仲間に引き込まれたり。それが母さんに知られて、怒られたのなんの!

 丁寧に、丁寧に綴られる家族のスケッチ。1967年、ぼくは4歳だったけど、バディ一家のように、家族で『恐竜100万年』を観に行き、1969年の6歳の頃は、テレビで西部劇に夢中だった。

 このままベルファストにいたら、悲惨な子供時代になると、父さんは家族で真剣に移住を考えるが、生まれた街を離れたくない母さんは猛反対。夫婦喧嘩のシーンとリンクするは『真昼の決闘』(1952年)。この『真昼の決闘』のクライマックスが、映画の後半に見事に活かされていて、それも「映画ファン」が作った映画だなぁと、またまた大興奮!

観ているうちに、自分の幼き日と重なって、ちょっとした場面で涙腺を刺激されてしまう。

 クリスマスのシーンで、それが一気に高まる。ロンドンへの移住の結論を出さなければならない時が迫る。一家がチョイスをした映画は『チキチキバンバン』(1968年)‼️ 父さん、母さん、お祖母ちゃん、兄さんとスクリーンの空飛ぶクルマに目を見張るバディは、あの時の自分そのもの。ああ、たまらない。

 クリスマスプレゼントは、サンダーバード1号に、007のアストンマーチンのミニカー、サンダーバードの隊員服! もう、やばい、やばい、おんなじじゃないか!

 というわけで、画面に映る1969年に、冷静な判断ができなくなるほど、バディに感情移入してしまった。このクリスマスのシークエンスが「若草の頃」のマーガレット・オブライエンとリンクするのも堪らない。

 ヴァン・モリソンの音楽も素晴らしく、心地よく、あの頃の空気を再現している。シリアスな状況下だけど、9歳のバディにとってかけがえのない時間。

 後半の、父さんとバディの「マイティ・ソー」のくだりから、クライマックスにかけての「映画的なモーメント」は多分に悲劇的でもあるのだけど、父さんの頼もしさ、母さんの正しくあろうとする心に、共感神経が発動。98分の尺なのに、一晩中でも語れるほど、ぼくにはグッときた。

 1969年、いや、この時代に限らず、子供の頃から映画が好きだった全ての人に、観てほしい! ラストの父さんのことば。ロシアによるウクライナ侵攻が続いている現在、世界中の人に届いて欲しいと、思った。


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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