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『社長えんま帖』(1969年・松林宗恵)

「社長シリーズ」第30作!

 昭和44(1969)年、映画界の斜陽には歯止めが掛からなくなってきていた。前年、日活のトップスター・石原裕次郎は、東宝の看板・三船敏郎と『黒部の太陽』(1968年・熊井啓)を共同プロデュース。石原プロ、三船プロ、勝新太郎の勝プロなどのスタープロや、フジテレビなどのメディア主導の大作映画の時代が訪れていた。

 そうしたなか、東宝のドル箱、森繁久彌の「社長シリーズ」「駅前シリーズ」は、予算が削減されながらもメイン作品として新作が封切られていた。この年、正月映画第二弾として1月15日に、シリーズ第30作『社長えんま帖』が公開された。同時上映が、この年「8時だョ!全員集合」(TBS)がスタートするテレビの人気者『ドリフターズですよ!特訓特訓また特訓』(渡邊祐介)というのが、時代の変わり様を感じさせてくれる。

 マルボー化粧品社長・大高長太郎(森繁久彌)は、学生運動に夢中の娘・春江(岡田可愛)の男性化に辟易しながら、妻・悦子(久慈あさみ)からは「糖尿に効く」とカボチャ責めにウンザリ。いつもの「社長宅」の朝のシーン。お手伝いさん役には、シリーズ続演でおなじみの浦山珠実。現在ならセクハラと言われてしまうが、森繁社長が彼女をからかうのも朝の定番だった。

 またシリーズ後期には、小林桂樹と司葉子の家庭の朝の風景も登場。マルボー化粧品・宣伝部長・西条隆(小林桂樹)宅では、母・きくえ(英百合子)、息子・宗一(岡田俊成)に加えて、妹・章子(内藤洋子)が食卓を囲んでいる。銀座のデパートに派遣されている美容部員の章子と付き合っているのが、西條部長の後輩で、社長秘書の中沢英雄(関口宏)。毎朝、西條を車で送るという大義名分で、朝ごはんを食べにやってくる。

 『社長千一夜』(1967年)から元・秘書課長の小林桂樹の後輩として、黒沢年男が演じてきた若手秘書の役を、今回から関口宏が演じている。戦前、松竹映画のスターで、上原謙・佐分利信ともに「三羽烏」と呼ばれていた佐野周二の息子。藤本真澄プロデューサーは、戦前の松竹蒲田、大船のスタイルを意識していて、上原謙ジュニアの加山雄三を東宝のスターに育てたように、テレビタレントとして活躍中の関口宏を抜擢。「社長シリーズ」に起用した。関口は日活で、『四つの恋の物語』(1965年)、『白鳥』(1966年)、『恋のハイウエイ』(1967年)と吉永小百合映画に出演、若い女性に人気だった。黒沢年男のパワフルさと真逆のソフトで優柔不断、頼りない感じで、シリーズの「若返り」に貢献した。

 マルボー化粧品では男性用化粧品の新製品のネーミング案に、西條部長が不眠不休で取り組んでいたが、朝の会議で、大高社長、専務・石山剛造(加東大介)、営業部長・富田林茂(小沢昭一)たちが好き勝手なことを言って、西條の苦心の案がすべて却下される。ぶつぶつ言いながら大いにクサる小林桂樹がおかしい。ちなみに加東大介の役名・石山剛造は、「若大将シリーズ」での青大将(田中邦衛)のパパの名前と同じ。

 さて、大高社長は、親会社の大社長・梅原貫之助(東野英治郎)の古希の祝いで京都へ。大阪への機内で、昔馴染みの祇園の芸妓・香織(団令子)とバッタリ、鼻の下を伸ばす。

 妻・悦子から特大のカボチャを大社長に献上する大高社長。大社長の横には祇園出身の花丸(沢井桂子)が「看護婦」と偽って付き添っている。幾つになっても女性にも健啖な梅原大社長にあやかろうと、大高社長は香織を「看護婦」に仕立ててゆく。
 
 しかも梅原大社長から、本社の次期社長と指名された大高社長、週に何度か大阪に通うことになり、かねてから中沢秘書から提案のあった中古の自家用機を導入。「空飛ぶ社長室」として導入することになる。大学の飛行機部出身でパイロット免許を持つ中沢がセスナを操縦するというのが今回の趣向。

 今回、かつての三木のり平のパートには小沢昭一の富田林部長。フランキー堺の役割は藤岡琢也の日系アメリカ人・ポール花岡。この二人が、とにかく笑いをエスカレートさせてくれる。藤岡琢也は1960年代後半、クレージー映画や若大将シリーズに立て続けに出演、いずれも老獪で好色な中間管理職のキャラを一手に演じていた。『三等重役』(1952年)で颯爽と登場した森繁のラインを受け継ぐものとして、テレビにも引っ張りだこだった。
 
 後半、伊丹空港で待ち合わせした「看護婦・香織」と九州へ空の旅と洒落込もうとした大高社長。空港でバッタリ、関西視察中のポール花岡と富田林と遭遇。わがままなポールのリクエストで、九州へ連れて行くことに。佐賀県唐津が花岡家のルーツということで「キャラット、キャラット」を連発して上機嫌のポール。折しも唐津くんちが開催されて、勇壮な祭りが映画に登場する。

 「社長シリーズ」は風光明媚な地方ロケが売り物だったが、後年の「男はつらいよ」シリーズのように祭りのシーンが入るのは今回が初めて。唐津東宝の前で、森繁、藤岡、小沢、関口の四人がズラリと並ぶカットがあるが、ちょうど植木等の『日本一の裏切り男』(1968年11月2日・須川栄三)と『コント55号世紀の大弱点』(和田嘉訓)が上映中。この年から「唐津くんち」は、文化の日の11月3日に神幸祭が行われることとなった。なのでロケーションは11月3日に行われたものだろう。

 こんな状況なので、高山社長と「看護婦・香織」との浮気は、例によって未遂に終わるが、その邪魔をする小沢昭一の悪ノリぶりがおかしい。






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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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