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『トンチンカン三つの歌』(1952年7月3日・東宝・齋藤寅次郎)

齋藤寅次郎監督研究。『トンチンカン三つの歌』(1952年7月3日・東宝)を久々に。伊豆大仁の温泉街でお土産屋を営むアチャコは、一人娘の打田典子ちゃんが可愛くてしょうがない。ところが妻・馬野都留子が病気で寝込み、町が金山のために温泉を止めてしまい、商売は上がったり。弱目にたたり目のアチャコちゃん。これでは娘にひもじい思いをさせてしまうと、東京でパン屋をしている義兄・柳家金語楼のところに打田典子ちゃんを預けることに。

打田典子ちゃん!

アチャコの登場シーン。いつものように、手のひらと腕を水平にぐるくる回してのアタアタと歩くアチャコ・スタイル。当時の観客は、もうこれだけで大爆笑。お人好しだけどかなり間抜け。娘を義兄に預けるために上京するのだが、そのお上りさんぶりが、アチャコの独壇場。余談であるが、打田典子ちゃんのお母さんを演じた馬野都留子は、寅次郎監督『続・向こう三軒両隣 第四話 恋の三毛猫』(1950年・新東宝)の撮影所のシーンで、ホンモノの美空ひばりのステージママ役で出演。寅次郎監督の戯作精神溢れる珍場面となった。

アチャコ歩き!

タイトルの「三つの歌」は、この年1月7日にスタートして、1970年までNHKラジオ(1953年〜1957年まではテレビ同時)で放送された人気番組。出場者が、ピアノで演奏される曲のイントロ、メロディを聴いて、曲目を当てて、さらに歌うことでクリア。それが一人当たり三題出されて、全問正解すると優勝。というもの。

歌が大好きな打田典子ちゃんが、アチャコにねだって出場することに。で、父子の最後の上京の想い出に、日比谷にあったNHKへ。司会は、これも寅次郎映画ではお馴染みの並木一路。しかし典子ちゃん。両親との別れが悲しくて、歌うことが出来ずに敗退してしまう。

まるで、数年前の美空ひばりちゃんのような「かわいそう」全開の打田典子ちゃん。寅次郎監督は、前作『娘十八びっくり天国』(1952年・新東宝)で、清川虹子と古川ロッパの娘役で、彼女を起用。大のお気に入りとなり、今回は彼女を全面的にフィーチャー。最初からラストまで出ずっぱりの大活躍! お涙、お涙、お涙の波状攻撃!

というわけで、寅次郎喜劇ではおなじみの、かわいそうな女の子の生々流転の御涙頂戴ウエットドラマと、金語楼、エノケン、アチャコの三大喜劇人のナンセンスな笑いのアチャラカ喜劇!

無口でシャイなエノケン所長
因業家主も電子のパワーでビリビリに!

エノケンは、根本電子研究所所長で、寅次郎映画ではおなじみ、ナンセンスな無駄骨装置わわ発明してるが、モノにはならない。家賃を10年溜めていて、大家から追い出されそうになっている。この珍発明の数々が、馬鹿馬鹿しい。嫌な来客があると、椅子にエレキが通ってビリビリ! 頭も顔も真っ白けに! さらには好きな相手の動向がすぐにわかるテレビジョン、相手の心を読むことが出来る嘘発見器! シャイで口数が少ないエノケン所長。無言の芝居、つまりサイレント喜劇的な動きがおかしい。

そんなエノケン所長を尊敬して、なにかと面倒を見ているのが、金語楼の娘・関千恵子。エノケン所長は彼女に恋をしているが、彼女はエノケンの弟子・城正彦と相思相愛。エノケン所長、関千恵子への想いとは裏腹に、横柄な態度で接するが、最後に嘘発見器で、二人のホンネが明らかになり大失恋。そのショックから、エノケン所長が壊れてしまい、月へ脱出を試みる後半。さすが『全部精神異常あり』の寅次郎監督! 現在のコンプライアンスではNGの表現なんだけど、この手は『東京ブルース』(1939年・東宝)のアノネのオッサンの天然痘騒動のバリエーション。前作『娘十八びっくり天国』の助監督をつとめた瀬川昌治監督『喜劇役者たち 九八とゲイブル』(1978年・松竹)の遥かなるルーツでもある。

さて関千恵子の兄・バタヤンこと田端義夫は、父を助けてパン屋を切り盛り。この設定は、前々作『大当たりパチンコ娘』(1952年・新東宝)のリフレイン。小さな女の子を養女に迎えるのまで同じ。同工異曲ゆえに、その差異が楽しい。これが娯楽映画研究の醍醐味。

さてバタヤン、女の子に手が早く、あちこちにラブレターを出すも空振りばかり。気に入った女の子が来ると、商売ものパンをタダであげてしまうので、商売はあがったり。なにかとアジャー!とリアクションするのは、伴淳三郎のフレーズの影響だが、まだこのときは正式には「アジャパー」誕生前。劇中、バタヤンが弾いているギターは、もちろん自前。この頃のプロマイドなどで手にしているものである。中盤、打田典子ちゃんとのデュエットもある。

金語楼の半面相!

金語楼は妻を亡くして幾歳月。まだまだ現役と、恋に落ちるのが豪傑女医・清川虹子。最初は大喧嘩して、最悪の出会いをするも相思相愛に。その清川虹子が、医大に通っているときに、ふとした過ちで産んだ赤ちゃんを、アチャコ夫婦に託していて… それが打田典子ちゃんとわかってからは、ベタベタの展開に。

さらにアチャコを露天賭博でだまし、清川虹子と金語楼を結婚相談所詐欺でだますインチキ師が伴淳三郎! ちょいと色悪風の金縁メガネがいやらしいことこの上ない。結婚相談所のシーンでは、お見合い相手も自分で扮装するマッチポンプ式なのだけど、ここで伴淳が、なんとグルーチョ・マルクスの格好に! ああ、くだらない(褒め言葉^_^) この相談所のシークエンスは、寅次郎ルーティンでもあり『私は嘘は申しません』(1961年・新東宝)で和泉和助によってリフレインされる。

我輩は伴淳でアル!

というわけで、本作は打田典子ちゃんがドラマの要。アチャコ→金語楼→清川虹子と、育ての親から産みの親と次々とあらわれて、典子ちゃん困ってしまって… さすが第二に美空ひばりと、寅次郎監督が目をかけていただけに、ウエットな芝居は、当時の観客の感涙を誘ったことだろう。そして生みの親・清川虹子と育ての親その2の金語楼が結婚、育ての親・アチャコも祝福して、打田典子ちゃんは幸せになる。で、改めて、アチャコとの最後の想い出に、再びNHKラジオ「三つの歌」に出演した典子ちゃん。見事、優勝してハッピーエンドと相成る。

他愛のないアチャラカ喜劇だが、1950年代の人気コメディアンたちの共演を眺めているだけでも楽しい。新東宝作品とキャストもテイストも展開も変わらないのがすごい!この調子で昭和30年代にかけて、大映、東映でも撮るので、いかに寅次郎喜劇が引っ張りだこだったかが、わかる。

さて、この打田典子さんは、後年、齋藤寅次郎監督の三男のお嫁さんとなり、成城の自宅で懐石料理の店、一宮庵(いっくあん)の先代女将に。

ぼくはご縁があって、2023年1月21日(土)成城一宮庵で、「キング・オブ・コメディ  映画監督・齋藤寅次郎を語る2023 ザッツ・寅次郎・エンタテインメント! VOL.1」を開催します。

当日は、先代女将・齋藤宗厚さんの少女時代、打田典子さんのパフォーマンスの数々もご紹介します。


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。