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モータースポーツ・エッセイ

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「PMC・Sにみる日本のモータースポーツ」を著した作家のエッセイです。 タイヤメーカーのスタッドレス研修会の主任講師や、自動車メーカーの安全指導インストラクターの経験も有す。
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記事一覧

サーキット走行会は楽し!

2024年12月1日、茨城県の筑波サーキットへ、大会役員とALC会員さんの走行サポートに行って来た…

茶木寿夫
2か月前
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ハイブリッド車考  知ってる? 数種類あるハイブリッド

イントロダクションハイブリッド車の言葉は、巷でよく耳にするが、一体何だろう?  今や、日…

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茶木寿夫
4か月前
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2台のベレット

我が町のとある駐車場に、2台のベレットが並んで停まっていた。 手前にあるのが、ベレットGT…

茶木寿夫
4か月前
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シティサーキット東京ベイ(EVカート) オープン

昨年12月に、東京のお台場に、日本初の都市型EVカート場「シティサーキット東京ベイ」がオープ…

茶木寿夫
4か月前
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初めて知った「二重内陸国」

■ 二重内陸国の言葉にビックリ 二重国籍、二重スパイのことは知っているが、初めて「二重内…

茶木寿夫
7か月前
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車にまつわるエピソード03 ブルーバード510

今から57年前の1960年代後半、日産はアフリカ大陸で開催されたサファリーラリーに参加し、盛ん…

茶木寿夫
8か月前
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勝手連 おじさん3人組 日本アルペンラリーと全ての故人を偲んで八ヶ岳山麓へ

元祖日本アルペンラリーで優勝した桐壮一郎氏(享年80歳)が数年前に亡くなった。その後同ラリーの中心的存在の澁谷道尚氏(享年88歳)(通称・澁さん)も亡くなった。 だが、コロナ禍もあり、二人の葬儀に出ることもままならなかった。 それで私の中に「心のモヤモヤ」が、ずっと残り続けた。 それではと、勝手に「元祖日本アルペンラリーと、関わった全ての故人を偲ぶ会」をやろうと企画し、先週末、長野県の八ヶ岳山麓で実施した。 と言っても、参加は仲間内の「勝手連おじさん三人」だけである。

茶木寿夫(ちゃき としお)の「人生冒険物語」シリーズ まえがき総集

イントロダクション好奇心があれば、何事も面白い。 あの峠の向こうには何があるのだろう・・…

茶木寿夫
11か月前
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巨星 堕(お)つ。ラリー界のスーパースター篠塚建次郎氏を偲んで・後編

日本人初のWRC2年連続優勝、そしてパリダカ優勝 既報の前編、中編で記したように、篠塚建次郎…

茶木寿夫
11か月前
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巨星 堕(お)つ。ラリー界のスーパースター篠塚建次郎氏を偲んで・中編

※この記事、及び写真の無断転載を禁ズ。 ■ラリードライバー篠塚建次郎の二人の育ての親 篠…

茶木寿夫
11か月前
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巨星 堕(お)つ。ラリー界のスーパースター篠塚建次郎氏を偲んで・前編

光り輝く大きな星といえるラリー界のスーパースター、ケンジロウこと篠塚建次郎氏が2024年3月1…

茶木寿夫
11か月前
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A級ライセンスは、人の広がりの一歩

学校の友達は、卒業したら増えることは無い。 だが趣味を持てば、友達の輪は広がる。 貴方の人…

茶木寿夫
1年前
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「危険がいっぱい」の一般道、「安全度の高い」サーキット

多くの人は、「サーキットで走るのは危険度が高い」と思うだろう。 だが、最近とみに、一般道…

茶木寿夫
1年前
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サーキット走行は人生の彩り

人はサーキット走行なんかしなくても、生きていける。 でも、なぜそんなことをするのだろう・・・?  その世界に永く関わってきた私の答えは、「人生に彩りを添える」からである。 例えば部屋に、花も無く、絵も無く、カーテンも無くても、生きては行けるが殺風景で寂しい。 だが、一輪でもいいから花を置き、想いでの写真を飾ると、華やかになり楽しくなる。 サーキット走行をするのも、それと同じことだろう。 人は、生きるのに精一杯の時は余裕は無いが、少し余裕が出来てくると、興味のある分野に目が