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人気ブックデザイナーが考える 「いい装丁」とは?
本好きなら、気になっている人も多いはず。装丁家という仕事。
装丁に込められた思いを知りたくて、人気ブックデザイナー佐藤亜沙美さんのもとを訪れた。
佐藤さんは2006年から8年間、デザイナー祖父江慎(そぶえ・しん)さんが代表を務める「コズフィッシュ」に在籍。2014年に独立し「サトウサンカイ」を設立した。
2016年からは『Quick Japan(太田出版)』のアートディレクターになり、その後も『静かに、ねぇ、静かに(講談社)』、『生理ちゃん(KADOKAWA)』などの人気タイトルを数多く手がけてきた。
なかでも「韓国フェミニズム・日本」を特集した『文藝』2019年秋季号は、創刊以来86年ぶりの3刷を記録し話題になった。
いいなと思うものって、どこか攻撃的な踏み込み方をしている
—『文藝」の86年ぶり3刷は大きなニュースでした。佐藤さんがアートディレクションを手がけたんですね。
2019年4月発売号から携わらせていただいています。編集長の坂上陽子さんが、リニューアルにあたりデザインもガラッと変えたいと相談してくださいました。
主に純文学が掲載されている5誌(文學界、新潮、すばる、群像、文藝)が文芸誌と呼ばれているのですが、『文藝』は長い歴史を誇っていることもあり、これまで中高年の読者を中心に親しまれてきました。
ただ、これまでの読者にむけてデザインを構築していくべきかは悩みました。20年ぶりのリニューアルなので、文芸誌をあまり読まないと言われている若い層にも手にとってもらえるよう、イメージを一新したいという編集長の考えに呼応して考えていきました。
坂上さんとは以前からお仕事をご一緒していたのですが、ご依頼いただくのが「ポップなデザインを」という意向の作品が多かったので、そのやりとりの流れでお声かけいただいたのかなと思います。
—思い切ったデザインですよね。イラストに文字をかぶせたり、文字に文字を重ねたり。題字もこれまでの文芸誌にないインパクトです。このデザインは、編集者としては勇気が要ります。
収録されている作品がとても刺激的なので、視覚的にも刺激的でありたいと考えていました。私自身が手に取るものもそうですが、いいなと思うものは、どこか攻撃的な表現をしているものが多い。
なにかに遠慮して作られたものは、受け取り手も遠慮していることが分かってしまう。お互いに配慮しあっていたら、デザインとしてはパワーが弱まってしまうので、そこをあえて踏み込むようにしています。
1990年代〜2000年代に主流になったシンプルでスマートなデザインに、私自身があまりワクワクしなくなってしまったこともあって。
『サードウェイ (ハフポストブックス)』もシンプルですけれど、白い面に大きな余白をとって、タイトルは小さい文字で配しました。シンプルでも余白の取り方などで攻撃的に見せています。
—既成概念を打ち砕いていますね。
打ち砕いているという意識はないです。もしそう見えているとしたら、作品がそういう要素を内包しているということだと思います。本のカバーは“作品から滲み出したもの”と思っています。
デザイナーとしては可能なかぎり匿名性を重んじているところがあります。自分らしさはどうでもよくて、その作品でしかできないなにかをいつも探しています。そこが一番エネルギーを使う。
実際、作品ごとにタイトルの配置もバラバラです。文字要素が多いと言われることもありますが、文字は“読者とコミュニケーションを取るツール”と考えています。この作品のことを全く知らない人にも、どこか気に留めてもらえるような文字の配置を意識しています。
装丁だけではない。ブックデザイナーの仕事
—ブックデザイナーの役割は、どこからどこまでなんでしょう?
私の場合は、装丁だけではなく本文もデザインすることが多いです。まずはノンブル(ページ番号)の書体や位置といった小さなところから決めていって、そこからじわじわ外に広げていって、カバーデザインに手を付けるときにはもう方向性が決まっているイメージです。
以前いた事務所が、「カバーだけという依頼はあまり受けない」という方針だったことが大きいかもしれません。パッケージとしてよく見せても、骨格である本文がよくなければ成立しないという考えのもと、本文組も徹底的に鍛えられました。
—ご自身を「ブックデザイナー」と言っているのは、装丁だけではないからなんですね。
装丁家と言われると嬉しい反面、自分ではちょっと偉そうかなとか思ってしまうのもあります(笑)。ブックデザイナーだと、本づくりそのものに関わっている感じがしていいな、と思って。実際、まだ企画段階のときから関わることもありますし、スペース次第では帯文を変更してもらえるか相談することもあります。
デザインのラフをつくるとき、タイトルや帯文が確定していないこともあるので、デザインのテンションをつかむために帯文を仮に設定することもあります。それがそのままタイトルや帯文の決定づけになることもあります。
—デザインする前に、本の中身をすべて読むのですか?
スケジュールによってはすべての作品をじっくり読めるわけではないのですが、可能なかぎり読ませてもらうようにしています。打ち合わせの前に、ゲラを送っていただいて、読んでから手書きでラフを描きます。
ラフといっても、思考マップのようなものです。ゲラを読んで、感想文や考えたことを書き出して整理していきます。自分が何を考えているのかが顕在化してくるんです。そこから帯文の文末は「。」なのか「!」なのか、推薦文はどんなテンションがいいとか、どんなイラストレーターが合いそうかとか作品の視覚的な世界観が見えてきます。
思考マップを書きながらデザインのアイデアが浮かぶこともある。マップのおかげで最後までピントがブレずに仕上げられるので、必ず書くようになりました。
日常の違和感からアイデアが生まれる
ーこれまでに、どんなアイデアが生まれましたか?
本谷有希子さんの『静かに、ねぇ、静かに』というSNSを題材にした純文学の作品では、SNSに関連づけた案がラフを書いているうちに出てきました。小説の装丁を考えるときは、あまり直接的な表現をしないようにしています。イラスト案をいくつか出すこともあります。この作品のときはタイトルの題字が反転しているプランをイラスト案の端に含ませました
以前、大森靖子さんの本を担当したときにご本人が著書を持った写真をSNS上で見たのですが、カバーや帯の文字が反転していたんです。これってどういうことなのかな?と不思議に思ったんです。
そこで「SNS 文字 反転」でネットで検索したんです。それで、自撮り写真が、鏡に映る「いつもの自分」と同じでいてほしいから、あえて反転させて映るカメラアプリがあることがわかりました。それからは意識してみているのですが、お若い方を中心にこういう反転写真、よく見かけます。
文字が反転しているという圧倒的な違和感よりも、いつもの可愛い自分でありたいという自意識の方が勝っている。すごく興味深く思いました。
それをヒントにプランに盛り込んだら、本谷さんが「このプランが気になる」と言ってくださったので、採用になりました。本を自撮りで反転するカメラアプリを使って撮影することでタイトルが正しくなる。SNS時代に照らしたデザインがラフから派生して仕上がった幸福な例です。
—そんな遊び心が込められていたんですね。
反転していると読みづらいとか、書店さんが困るんじゃないかとか、出版社の中でもかなり懸念されたようです。そこで、反転していないタイトルを帯や背表紙に入れることで了承していただき、無事に印刷までこぎつくことができました。
—ドラマがありますね。
たくさんの人が関わっていて、それぞれの役割の中で読者にとって最善のものをと考えて動きます。デザイナーとしては、こうして“日々の違和感”がアイデアに繋がり、かたちにできることは嬉しいです。
編集者が「え!?」と身構えるくらいが、面白くなる
—佐藤さんにとっての「いい装丁」とは何ですか?
個人的な意見ですが、いいなと感じるデザインは、デザインに入るまえにいかに考えられているか、その考えの量が多くて、シャープであることだと今は考えています。その考えが浅いと私の場合はよくなっていくことはないです。考えを詰めていくとより強調したほうがよいと思うことが出てきます。
どのデザインにも「強み」「弱み」が両方ある。そのなかで、どこをシャープにするか、どうすると届けたい人にまっすぐ届くのか、と考え詰めてからデザインに入ります。
わたしの場合は、多くの人に好まれるようにと思考していくとあまりうまくいかないことが多いです。編集者が、一瞬「え!?」と身構えるくらいのデザインが、あとあと面白くなることも多いです。賛否があるものをつくりたいと思っています。少し引かれるくらいの(笑)
—ブックデザイナーがそこまで思考を巡らせているとは思いませんでした。
それは、祖父江さんの影響です。祖父江さんの編集力とポイントをつかむ瞬発力は、本当に真似ができない。
—ポイントを掴む瞬発力というのは?
その作品がなにを言いたいのか、という企画の本質をつかむ力ですね。打ち合わせの段階だとそこがまだぼんやりしていることが多いんです。作品としては素晴らしいけれど、これを誰にどう届けるのか、編集者自身もまだフワっとしている状態。祖父江さんはそこを引っ張り上げて、アウトラインをシャープにしていく技術にすごく長けていると思います。
作品を読まずに「この作品のおすすめポイントを教えて」と編集者に尋ねることもありました。編集者がそこを曖昧に答えたり、お茶を濁したりすると、引き戻す。
なんとなく見えてきているんだけれども、まだぼんやりしている状態ってありますよね。そこを磨いて明確にするところから始める。打ち合わせをしながら、まだ見えない言葉を探していく作業を徹底しているんです。
そんなふうに祖父江さんのもとで8年間、学ばせていただきました。
絶対に裏切りたくない
—では、逆に「悪い」装丁も聞いていいですか?
私が良し悪しを述べるのはおこがましいのですが……。「盛ってるな」と思うデザインはとても苦手です。見栄えよくても、中開けたら全然違うじゃん、みたいな。装丁と本文があまりに違うとガッカリします。
デザイナーとしては、そういうところで読者を裏切りたくないですね。
「ダサいものは、よりダサく」。これ、師匠の格言なんです。ダサいものはよりダサくすることでかっこよくなる。ダサいものをごまかすとよりかっこ悪くなる。
やっぱり、デザインだけで盛るということはできないんですよね。この装丁は、なぜこうなった?と言われると、作品がそうだからとしか言えないです。
理想は、あまり抗わずノイズを加えず、よく考えてできるだけ高い精度で出す。お寿司屋さんみたいにポンっと。
(取材・文:川崎絵美 写真:西田香織 編集:錦光山雅子)
佐藤亜沙美さんインタビュー後編:「本のない家」で育った私が、ブックデザイナーになったわけ。
Torus(トーラス)は、AIのスタートアップ、株式会社ABEJAのメディアです。テクノロジーに深くかかわりながら「人らしさとは何か」という問いを立て、さまざまな「物語」を紡いでいきます。
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