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こんな極悪な介護施設ってあるんですね。皆様も注意が必要です。

数年前ですが、ようやく文章にすることが出来ました。
読んで下さる方は少ないかと思いますが、これが介護施設の現状です。(一部の施設)
私は理不尽なことには黙っていない質なので、これを書きました。


中村文江(母)(仮名)が怪我から死亡に至る経緯



2021年 12月21日
 〇〇〇護センターが運営するクランジフジ(仮名)のデイサービスにおいて
 午前中の入浴後、私の母がベッドから落下しそうになったのを防ぐために腕をつかむ。
 強く掴んだために左腕の上腕部を骨折したと思われる。

午後3時過ぎに、デイサービスから自宅へ送られ帰宅する。その際、施設からは連絡は無かった。たまたま中村透(私)(仮名)が休日だったため母を自宅で出迎える。車椅子からベッドへの移乗のときに母が激しく顔をゆがめ小さな声で「痛い」と発する。普段は声を出すことも殆ど無かったので驚く。

 自宅へ送ってきた運転手に事情の説明を求めるが「わからない」との事だったので、直ちに施設へ電話をさせる。「入浴の時に痛みを訴えた」との応えだった。上着の袖をめくると腕に湿布を貼ってあり、なんらかの怪我への処置を施したことを確認した。その後、施設の山川氏(仮名)から電話があり詳しい説明を要求した。そのときにどのような説明があったかは私の記憶に無い。

12月22日
 私は右肩の脱臼の可能性もあると感じ、〇〇市にある、きすぎ整形外科クリニックへ母を連れて行く。レントゲン写真にはポッキリと折れている右腕上腕部に絶句する。病院からは入院の必要性は告げられなかった。

12月23日 12月24日
 中村文江は予定通りクランジフジのデイサービスで過ごす。

12月25日~12月28日
 ホームヘルパーの手配が出来たので自宅で過ごす。

12月29日
 誤嚥性肺炎のため〇〇市民病院に入院

12月30日
 クランジフジの山川氏から電話があり入院したことを伝える

2022年 1月5日
 〇〇市民病院の医師から脳梗塞を発症したと伝えられる。

1月14日
 中村文江 死去 誤嚥性肺炎による

1月15日
 山川氏が来訪されベッドの母の前に正座をして手を合わせる。
死亡原因は誤嚥性肺炎である事を伝える

2月2日
 山川氏が訪問される
 怪我からの調査不足であることが解ったので再度調査したとのこと

 保険会社の調査があったもよう

5月25日
 前回の訪問から数ヶ月が過ぎても山川氏からの連絡が無かったので、私はしびれを切らし保険会社経由で”事の顛末はどうなったのか”と山川氏に伝えて貰うようにお願いし、この日が山川氏の再訪問の日である。
 〇〇〇護センターの山川氏は上司の加藤氏(仮名)とともに来訪され保険会社の調査では「怪我と死亡には因果関係はない」とのこと。
その際加藤氏は怪我と死亡の「因果関係はゼロ」との表現する。
 保険会社の調査結果の説明に来たのであり、これは示談交渉ではないと断言される。
 保険会社の調査と、自社での調査結果も怪我と死亡の因果関係はない「ゼロです」と言われる。

 加藤氏は私に保険支払いの説明の為の訪問であるにもかかわらず、死亡原因を正しく理解していなかった。お互いの話がかみ合わず、加藤氏が死亡原因が脳梗塞だと理解していたようだ。死因は誤嚥性肺炎だ。勘違いだったのか虚偽の説明で私を騙そうとしたのかは不明。不信感しか残らない話し合いでだった。保険会社と話をしてくると言い残し帰って行った。

9月20日
 ずいぶんと日が過ぎてしまったが、施設側からの連絡が無かった。私は電話をかけ「数ヶ月も放置されている私の心情を解って下さい」と連絡し、この日の来訪となる。
 保険会社が調査したレポートを読み上げ用件は終わったと言い残し帰ろうとする。
私は引き留めたが「これ以上お話をしても解って貰えないでしょ」と言われ、私は逆上し激しく反論した。「保険会社と当施設で検証した結果、因果関係はゼロです」の根拠を尋ねるも納得出来る解答は未だに聞いていない。
 私は施設で調査した結果「怪我と死亡の因果関係はゼロ」の答えの根拠を尋ねたら、「あなたが自分で調べて下さい」と言われた。私は事故後の調査は施設側が業務として行ったものであるから、私に伝える義務がある。どのような根拠を尋ねるのは普通の事である。問いただしても明確な返答はして貰えなかった。その根拠はなにかしらの数値でそのような結論になったのか、とにかく詳しく伝えて欲しかった。そして因果関係はゼロは全く納得していない。なぜなら施設側は死亡原因を間違えていたのだから。いまいちどの調査を依頼しても音沙汰なしなのである。

まったく不誠実な対応に怒りを覚え〇〇〇護センターの稲田社長に手紙を出すも、返信の手紙も、謝罪の電話もなかった。こちらから電話をしたら事実関係を調べていたとのこと。少なくとも私から電話をする前に稲田社長からの電話が欲しかった。そして部下の不誠実な対応の非礼を認めて欲しかった。

11月15日
 稲田社長と面談。
 稲田氏からは「保険会社と何回話し合われましたか」と私に尋ねる。
私はこの言葉で〇〇〇護側は示談交渉をする意思がないことに気づく。
 それ以前に示談交渉の主体は契約者で利用者(中村文江)の家族である私と〇〇〇護なのだと伝える。怪我から一年になろうとしている11月にこの程度の認識だったのかと呆れる。〇〇〇護が加入している保険には示談交渉のサービスが付いていないことを保険会社に確認済み。〇〇〇介護はそのことすら知らなかったのである。

2023年 2月8日
 〇〇〇護が雇った弁護士に電話をするも、質問は文書にしてくれだのそれに対しての返事をするかどうか解らないだのと扱いを受ける。それなら弁護士さんに自宅へ来るようにお願いしても拒否することもあると言われる。私は示談交渉がまだ始まっていないと思っている。
当事者である私の加害者にも加害者の弁護士とも交渉が出来ない状態だと私は思った。
 相手側は示談交渉をする意思がない事を確信して公的な〇〇県福祉サービス運営適正化委員会に苦情を申し立てる事を決める。

2月17日
 〇〇市にある社会福祉法人〇〇県社会福祉協議会 〇〇県福祉サービス運営適正化委員会を訪れ事務局長の担当者さんと面談し、一連の経緯と施設側の不誠実な対応を話す。
 その際、〇〇〇護センターには第三者委員がいると思うのでそちらにも苦情を申し立てて見たらと提案を受けたけれど、後日、〇〇〇護センターでは第三者委員を選任していないこと。驚いたことに〇〇〇護センターの加藤氏は、第三者委員を選任(これは義務である、ただし罰則規定は無いとのこと)しなければならないことを知らなかったと担当者さんから聞いた。

その後、こちら側も弁護士をたのみ交渉した結果こちら側の要望が
100パーセント反映されましたが、施設側からの謝罪は未だにありません。

 私が許せないのは中村文江は介護度5で寝たきりで寝返りも出来ない状態でした。私はなぜ救急車を呼ばなかったのか訪ねたところ、加藤氏から生涯絶対に許せない言葉を聞きました。
「お母様が怪我をしたときに、痛くてのたうち回らなかったら大したことないと思った、痛いとも叫ばなかった」
介護度5で話も出来ない母がのたうち回って痛いと叫ぶことが出来たでしょうか。
この極悪介護施設を許しません。

 このような施設に母を入所させてしまった私が悪かったのかと、後悔と取り返しのできない現実、話しが通じない加害者達。私自身もノイローゼになり塞ぐこともありました。今になって、ようやくこのような文章を書くことが出来るようになりました。

施設側は示談交渉の特約の無い保険に入っていたにも関わらず、保険会社と交渉していたのかを私に聞きました。呆れるばかりです。

 母が死亡した後に加藤氏が家に来たとき
「見舞金は二十万円」と提案してきた。
 見舞金とは、もらったら「ありがとうございます」に繋がる性質のもの。
母親に怪我をさせられてなんで私が「ありがとう」って言わなきゃならないんだ。
施設側は損害賠償の認識すら無かったのです。

私が「こんな怪我をしてなかったら、母はもっと生きていられたかもしれないですね」と言ったら「そりゃそうでしょう」と応えた。もはやこの人達は人の心を持っているのかと思うほど、これは被害者の家族を貶める暴言でしょう。

送迎車のドライバーさんにも怪我の経緯を伝えていなかった。
もし私が自宅にいなかったら、そのままベッドに寝かし、黙って居たかも知れません。(今回、一番許せない行為だと感じています)
時期は冬、脱ぎにくいジャンパーを脱がすときに強く引っ張ったら腕が折れた部分から先が取れて居たかも知れません。恐ろしさに震えました。

 私がこのようなことを文章にすることによって施設側に顧客離れにつながるようなことがあったら、私に損害賠償をすると言われました。なので名称すべて仮名にしてあります。どこまで腐った施設なのでしょう。

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