三方の小品【38:踏切】
踏切
踏切 (テキスト版)
内容は上の画像と同じです。
目の前を……まさにそう。目と鼻の先を紺の車体が、少しの潮風と共に駆け抜けた。風にあおられた前髪と、飛ばされそうになった帽子を片手で押さえながらひょひょいと向こう側へ渡っていく。
ここは所謂踏切という場所で、しかし一般的なソレと同じトラのしっぽの様な棒はない。それはそれはこじんまりとした線路なので、”踏切保安装置”が設置されていないのだ。
つまり気を付けなければならないけれど、その分近くに車体を感じられるこの瞬間が好きだったりする。
心にも踏切があれば、大切なひとたちの心を無用に踏み荒らしてしまうことがなくなるだろうか。不用意に立ち入られて困ってしまうことがなくなるだろうか。
しかし、踏切はいつかは上がるもの。そしてまた下がるもの。心を守るために使うのはちょっぴり違うかもしれなかった、と思い返して首をふるふる目線を上げる。それでも、下がる前にカンカンと音を立てて危険を知らせてくれるのはちょっぴり良いなと思ったりして。
また、踏切が下がる。安全を守るための細い棒の指示に従って、ただひたすらに上がるのを待つ。
あっ、と思ったときにはもう遅くて、強くあおられた帽子が後方へ押し戻されて行く……はずだった。ぴたりと上空で止まった帽子は、とある人物によりしっかりと掴みとめられていた。「ありがとう、今日は……」
後ろの言葉は通過していった車輪の音にかき消さた刹那、上がった踏切をくぐるようにして帰路に立つ。なくさずに済んだ帽子を今度はしっかりとかぶったのを、夕暮れの踏切だけが見つめていた。
初出:2022年5月12日
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