アマゾンDASHボタンの販売終了と、コネクテッドホームの未来 【マーケティング戦略の観察】
『アマゾンが「Dash」ボタンの販売を終了』するという記事を読んだ。
そこで、DASHボタンやスマートスピーカーなど、“スマートホームデバイス周辺”のここまでの歴史を自分なりに整理してみました。
専門がマーケティング戦略なので、そういう視点です。
1、ラストワンマイルが最大の課題
「ラストワンマイル」という言葉がある。
お客様である生活者は、家に住んでいる。
お店は進化して、コンビニに発展し、「家のすぐ近くにコンビニがある」というくらい便利になったが、それでも、家からコンビニまでは歩かないといけない。これがラストワンマイルだ。
「家」と「店」の最後の距離。
モノを買ってもらうためには、この最後の距離(ラストワンマイル)をどう埋めるか?どう縮めるか?が、あらゆる販売業にとっての究極の課題である。
ECは、この問題に対して「家にいながらネットで注文して宅配業者に届けてもらう」という解決策を打ち出した。
しかしECも無敵ではなく、人々はまだまだ現物主義者が多くて近所のスーパーでまとめ買いをするし、パッと買うものはコンビニで買ったほうが早い。いちいちネットにアクセスして宅急便を受けとるのも人の価値観によってはめんどくさいのだ。
2、アマゾンDASHボタンが登場した意味
そこに登場したのが「アマゾンDASHボタン」だ。2014年に発表され、2015年に発売。
アマゾンDASHボタンは画期的だった。
ものすごくシンプルなビジネス設計。「いちいちネットにアクセスするのもめんどうでしょうから、洗剤が切れたと気づいた瞬間に、ボタンだけ押せば、届けます」というコンセプトだ。それを“物理的なボタン”の形にして、ネットの外側の現実世界に持ち込んだ。インターネットの買い物が不慣れな人でもボタンなら押せる。
これ、思いつきそうで思いつかない。
思いついても“ちょっとバカバカしくて”引っ込めてしまいそうなタイプのアイデアだと思う。
でも、これほど具体的に「ラストワンマイルを簡略化する方法はない」というくらいカンペキなアイデアだ。
スーパーやドラッグストアがどんなに家の近くへ近くへと店舗網をはりめぐらせたところで、“部屋の洗濯機についているボタンをおせば洗剤が注文できる”となっちゃうと、リアル店舗の距離感では勝てない。これは画期的なイノベーションだったのだ。
3、スマートスピーカーへの進化
そんなアマゾンDASHボタンが「販売終了する」というニュースだ。
関連売上は好調だという。ではなぜ終了なのかというと、「スマートホームデバイスへのシフト」だとアマゾンは発表している。
上でリンクした記事から引用する。
「Dashボタンはコネクテッドホームの世界への素晴らしい足がかりとなった」
「Dashボタンの中核的な使命が成功したことに疑問の余地はない」
「われわれが想像していたのは、ユーザーの自宅に500個のボタンがあるような未来ではなく、ユーザーが面倒くさいと感じる日用品の補充などの作業を、自宅が自動的に処理してくれる未来だ」
ここでいう“コネクテッドホーム”というビジョンにおいて、まず現時点で現実化しているシンボルは「スマートスピーカー」と呼ばれるアイテムである。
アマゾンでいうと「エコー 」、Googleでいうと「グーグルホーム」、LINEでいうと「クローバー」たちである。
音声を認識し、スマートスピーカーに話かけるだけで、調べ物や注文ができる。
各社がいまホームスピーカーにしのぎを削っているのも、実は「ラストワンマイルの攻防」だとも整理できる。
ホームスピーカーにはボイスコマース(音声での買い物)がついている。
ホームスピーカーを普及させ、世界中の人々の生活する部屋にデバイスが置かれるとすると、部屋の中に店をつくったようなものだ。
部屋で「◯◯◯が欲しい」としゃべるだけで注文完了するのだ。おそろしいことだ。
“スマートスピーカーを制すれば、ラストワンマイルを制する”ことができると言える。
しかし思ったほどにはうまくいっていない。
音声だけで買い物ができるなんて便利なはずだが、使いはじめてみると「商品を探す」というのにはやはり画面がないとわかりにくいし、いまいち新しい商品を買うときに“現物を見てないし不安を感じる”。まだ文化として、声だけで注文することに人類は慣れていないのだ。
ただ、「いつもの“あれ”」については得意領域だということもわかった。
消耗品で、切れそうなのでまた補充しておきたいもの。前回も買ったので安心して買えるもの。「アレクサ、いつもの洗剤を買っておいて」と声をかけるだけ。不安は少ない。
この“強み”は、アマゾンDASHボタンの機能とまったく同じだ。
スマートスピーカー普及までの過渡期のあいだだけ「ボタンのみの形状をもつ物理的ハードウェア」を準備したが、DASHボタンでできたことはすべてスマートスピーカーでも実現できるようになった。アマゾンエコーの中には仮想DASHボタンが機能実装されているのだ。
DASHボタンが先行して家庭の中に「消耗品をその場で買う」という文化を根付かせた。だからDASHボタンという物理的なデバイスについては卒業することにしたのだという。
はじめからすべてを見越して手を打っているとしたら、アマゾンのマーケティング戦略はおそろしいなと思う。
4、家電IoT、そしてコネクテッドホームへ
プラットフォーマーたちはスマートスピーカー勢力争いをして、生活者たちの“家の中に入り込む”というのが狙いだ。まだスマートスピーカー自体の便利さが未知数だとしても、家の中にただの天気予報を知れるスピーカーとしてポジションをとっておけるだけでも、今後に向けての前線基地を建てるのに成功したようなもので企業側としては大きな成果だ。
はじめに書いた「ラストワンマイル」でもあったように、企業は、生活者の家の中での生活へ、より深くリーチしようと試みている。“オフライン理解”とも呼ばれる。よりその人の生活のそばに近づけるほど、よりその人にあったものをすぐにお届けできるようになるはずだ、という考えだ。
「IoT」という技術も、一部ここに関わってくる。
スマートスピーカーもある意味では「従来のスピーカーのIoT化」だ。
そういうように、“もとの従来デバイス”に“インターネット機能を軸としたスキル”が加わることをIOTと呼ぶ。
冷蔵庫、テレビ、洗濯機、掃除機、台所、クーラー、リモコン、等々。
家の中にあるあらゆるものが今後、IoT化が進み、それぞれに進化を遂げる。
“スマート冷蔵庫”は卵の残数が減ったら自動で買い物をしたり、“スマートクーラー”は家族が家の最寄駅についたら自動で電源ONになり部屋を暖めておいてくれる、など。
掃除ロボットの「ルンバ」がこのスマートホーム分野で大きな名乗りを挙げた。
ルンバが自動で部屋の掃除をしながら、「間取りの構造をデータ化」し、それをGoogleのグーグルホームと連携することで「ルンバ、子供部屋を掃除して」という“部屋を指定しての指示”ができるようになるという。これは序章にすぎない。
「部屋のまどり」というデータは、たしかに、掃除機ロボット以外にデータを集められる手立てが思い当たらない。(部屋の間取りデータに、どこまでの価値があるのかは未知数だとして)
IoTとは、「生活者の家の中にはいりこむ」という企業の戦略において、それを実現するための重要な技術だとも整理できる。
「コネクテッドカー」に続き、「コネクテッドホーム」である。
クルマも、家の中も、どんどんデータ化され、それらがつながってオフラインのオンライン化が進む。
すべては「より生活者を知りたい」という企業努力だ。
源泉となるのはいつも「ラストワンマイルをどうつなぐか?」というマーケッターの想い。永遠の課題なのである。