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【掌編小説】outside the oasis

『Outside the oasis』


 あなたは【オアシス】に入って、その中にいる仲間たちとミラーリングをして楽しむ。私の入れない【オアシス】に入って、その中にいる仲間たちとミラーリングをして楽しむ。そしてあなたは、【オアシス】の仲間の呼吸でマーキングされた服を着る。

 スモークまみれの箱の中を覗いても、私には何も見えない白昼夢。自分の楽しめないことで楽しめる彼らがうらやましくて、何かの銘柄だとか、誰かも吸っていただとか、何ミリがどうだとか、私の知らない話をしているその外で、私はひとり、ひとりでした。

 知らないことは知ればいいのだと思うけど、私の湿った心ではライターの火をたばこの先につけることはできないだろう。
 でもその限り、私はずっと知りたくもないことを知れない虚しさを抱えながら歩いていくんだろう。〈火のつかないライターを握りしめて、どこへも入れない悲しみに〉


 画面の中でキャラクターが煙草をふかしているシーンが出てくると、心臓がピキリとよくない揺れ方をするようになったあの日のその、白紙の絵日記みたいな境界でした。画面の中の出来事が批判されてそのうち削除されていくことを、昔はわけがわからない、大げさだと嗤っていたけど、このシーンを見たらあなたがまた【オアシス】に行ってしまうんじゃないかって不安になって、私は画面からあなたを遠ざけた〈私を置いていかないで、という悲鳴〉

 喫煙者をロマンチックに描くこと――煙草の先からゆらゆら上がるその煙を、艶がかったりひび割れたりしたその唇を、虚空を見つめる憂いに満ちたその瞳を、丁寧に描けばいい。その箱の中では、目に見えるたしかな呼吸が繰り返されている。

 煙草を使わずに呼吸する方法を探し続けている私には正当性がなくて、あったとしてもそれは、箱の中に届かないレベルのささやきです。
【オアシス】の中も外も、どこへ行っても息苦しいです。みんながベランダに身を乗り出して、夜空に向かって息を吐いたあの夜も、わたしはひとり、ひとりでした。


 いつ消えてしまうかもわからない、〈劣等感で息をする〉のだと思う。どこにでも転がっているから、どこでも息ができるんだから、それならそちらでと思う。
 脳卒中、虚血性心疾患、低出生体重児、乳幼児突然死症候群――そんなものは気休めで、私の1.4分が誰かに殺されてしまうくらいなら、劣等感でゆるやかに自殺する。【オアシス】なんてないけれど、どこにも入れない悲しみで自慰をする。 
  〈永遠に旅人でいて、
        ソクラテスな少女のままで。〉