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父の日

今から16年程前のこと。初めての保育参観日があった。
参観日だからといって娘がなにか特別なことをするわけでもない。娘はまだ生後半年の赤ちゃんだ。
入園式以来の保育園の中。
娘のいる部屋に入る前に、廊下に貼られている展示物をなんとなく見ていた。
そこには色画用紙で作られた男の人がずらりと並んでいた。
男の人の胸あたりに書いてある「いつもありがとう!」という文字を見てわたしは気づいた。
「父の日」に。
うちには父がいない。娘が産まれる前から父はいない。しかし、色画用紙で作られたお父さんの大群の1つに娘の名前がしっかり書かれている。やばい。
娘は赤ちゃんなので、これをせっせと作っている先生に「先生!うちにはパパいないよ!これ渡したらまじ気まずいんだけど!」などと伝えるなんて不可能だ。先生はたくさんの赤ちゃんのお世話で大変だろうし、ここまで作ってあるのに色々言うのは申し訳ないとわたしは思い、見て見ぬふりをすることにした。

それから数日後保育園のお迎えに行くと、先にお迎えに来ていた同じクラスの子のお母さんが、あの日見たお父さんの大群の中の1つを手に持っていた。
「やべえ、今日か…。どんな顔して受け取ろう」と考えていると、娘を抱っこした先生が現れた。「お母さん!〇〇ちゃんからのプレゼントです!」
と渡してきたのは、あの日見たお父さんではなかった。
黒くふさふさだったはずの髪の毛は剥ぎ取られ、代わりに茶色い垂れ耳を付けられていた。小さかった鼻はマジックで大きめの黒丸に塗りつぶされていた。
あの日見たお父さんは人面犬になっていた。
さわり心地で気がついたがノリが乾ききっていない。多分、わたしが来る少し前にうちにお父さんがいないことを思い出した先生が急いで作り直したんだろう…。
なんにも知らない娘を抱っこして、なんとも言えない気持ちでそれを握り、家に帰る。

アルバムにお父さんだった人面犬を貼る。いったいなんの日のなにかわからない。
いつか娘が大きくなったときに、この話をして2人で笑えるといいな。そう思いながらアルバムを閉じた。


『父の日』という言葉を聞いて、わたしは久しぶりにアルバムを開いた。そして忘れかけていたあいつと目があう。
16歳になった娘に、わたしはニヤニヤしながら「これ見てー」とアルバムに貼られたあいつを見せた。
娘は「え、なにこれ…」と心底気持ち悪そうな顔をした。あれ。思ってたのと違う。笑ってもらえると思っていたわたしは焦って「お父さん!元々お父さんだった犬!」と意味不明な説明をし、娘はもっと気持ち悪そうな顔をしたのだった。






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