娘の失恋
12歳 中一の娘が 人生で初めての 失恋をした。
17:20 車の助手席に重たいかばんと娘が乗った。
ぼすん。
「シートベルトしたね?」
「うん」
思春期のおでこの横に指を並べて
「わたし、フラれました!」
テスト100点だった! くらいの声高さで 娘は言った。
え!
と同時に小さな顔が手で覆われた
隙間から 雫が次々流れて 落ちた
説明している まつ毛が濡れ
拭っても拭っても 溢れていく
半分戻った道で
笑い話に変えようとする
今日が一番悲しいえくぼだよ
私はなんて話したのか覚えていない
途中でお腹が痛くなった
部屋に行ってイヤホンをしてる姿を
確認して 台所に戻った
こんな時 お母さんはなんもできない
ご飯作るしかできない
食べるかな
食べきらんかな
スープにベーコンたくさん入れてやろう。
ぐすんぐすん
ぐすん
いつから隠れて泣くようになったんだろう
生まれてきたとき
あんなにぎゃーぎゃー泣いてたのに
生まれたときと 同じように
あなたが泣いたから 泣いた
ドアの向こうで
イヤホンさしたまま
涙と一緒に畳に落ちてた
頭なでなで
テレビの部屋
「食欲ある?」
「…ない」
「ハンバーグよ?」
「食べる!」
一番好きな食べ物
たまたま今日の晩御飯でよかった。
いろんな気持ち
シャボン玉吹くみたいに
ハンバーグ 箸で割りながら
「わたしだけが 好きだったのかなって」
母として 大したことも言えず
わたしの3倍の時間をかけて
ハンバーグを食べた 娘
いつもは言わないと下げない食べた後のお皿
気づけばもう机になかった
なんか失恋ソングでも聞くか と
YouTubeを開いてみた
back number の ハッピーエンド 聞いて 二人とも泣いた
いや 先に わたしが泣いたから
「お母さん泣かないで」って言われて 余計 泣いた。
「お母さんおふろ入るけど大丈夫ね?」
うん
あがったら、ねっころがってたから
息してるか確かめた。
疲れたよね
あんだけ泣いたし 話したし
はじめて付き合った人の
話をしようとして、できなかった。
今日は 靴下 脱ぎっぱなしも
水筒 ほったらかしも
許してやろう
なるべく優しく起こした
無言のままシャワー
脱力気味に髪乾かしてた
布団並べて
たくさん話して
時計のチクタクだけ 聞こえてたら
ぐすん ぐすん
「泣きよる?」
「うん」
頭なでなで
寝息を聞いて 一安心
天井見て色々考えたけど
忘れた
朝 目が覚めたけど まだ 目をつぶってたら
娘が先に起きた
目をこじ開けて
5:45 いつもより35分早い
まだ布団
6:08 ぐすん ぐすん
「泣きよる?」
うん
「あんたが悪いっちゃなかけんね」
「タイミングとか やけんね」
「自分のせいとか思わんでよかけんね」
うん…
今日は学校行けそうね?
うん 行く
冷蔵庫の中の一番スペシャル
シュークリームと 梨
いつも朝ごはん食べないけど
食べてた
梨 たくさん 食べんね
最後の一個も食べてよかけんね
うん
昨日修理した
空気の入った 自転車に乗って
いつもより重そうなペダル
娘が失恋した
生まれて初めての失恋
娘が泣くと 娘が悲しいと
お母さんも悲しい
台所で アイスコーヒー 持ったまま 泣いた。