見出し画像

【研究公開】コンピュータが十分に発達した現代において「複製」とはなんだろうか?

ごきげんよう!natsu.(ちなっちゃんこと落合研B4小澤知夏)です

今日は研究室で取り組んでいた
新作研究プロジェクトのお披露目に参りました…!!

Can AI Generated Ambrotype Chain the Aura of Alternative Process?

今年の1月からスタートして、半年ほどでがっと進められた、テンポが良くて大変楽しいプロジェクトでした🙌 キーワードは「生成AI」「湿板写真」「デジタルファブリケーション」です。


本プロジェクトについて

"Can AI Generated Ambrotype Chain the Aura of Alternative Process?"と題して、「湿板写真と生成AIと複製」について考え、実践して、批評した論文になります。

論文のIntroduction(導入部)から、本プロジェクトについて紐解いていきます。

コンピュータが十分に発達した現代において「複製」とはなんだろうか?

アート史を遡ると、作品には作者や年代、制作地域などが記載され、それらがオリジナルとしての一回性を担保してきた。このような作品は、場所や人、時空間によって生まれる一回性から「アウラ」が働き、人々に畏怖や崇高の念を抱くものとして知られてきた。

写真の誕生ともいえるヘリオグラフィーが発明されて約200年が経つ。複製技術の代表ともいえる写真が、芸術表現として認められるようになると、銅版画のエディションナンバーを記載する伝統は続けられ、現代芸術にはなくてはならない作法となっている。各エディションに限定性を持たせることで、作品の一回性と特別な価値を保ってきた。しかし、絵画の時代のアウラと比べると凋落していると言われている。

一方で、近年、アート作品は非物質的なものとして存在するものも多い。このようなデジタルアートは、物質的な作品に記載するエディションや作品証明書の代わりに、NFT(非代替トークン)という技術によって、デジタル作品の所有権と一回性を確立している。また、生成AIは言語とプログラムとシード値によって、同じ生成物を出力できる。生成物は一回性があるものではなく、再現性のあるものとして存在する。このような形の場合、アウラはどのように働くのだろうか。

この「アウラと複製」を巡る議論は、技術的にも文化・芸術的にも重要な批評性を持つと我々は考えている。

ここで我々が着目したのは、ケミカルプロセスによる湿板写真作品と、デジタルファブリケーション技術などを用いて湿板写真を再現した写真作品のアウラに関する議論である。写真ネイティブであるベンヤミンは、写真によってアウラが消失したと言ったが、ベンヤミン以前にあった写真は、そもそも写真を撮っても一回として同じように印刷できなかった。彼も「写真小史」でそれを認めている。しかし、現代において写真は同じように印刷できる。生成AIも同様である。では、現代の複製できる写真にアウラを存在させるにはどうしたら良いのか?この時代に、湿板写真のようなランダム性や不確実性をもたらす写真技術と、生成AIに見られるような再現技術を用いて写真とアウラを再考することは、デジタルアートコミュニティにおいて本質的な「オリジナルとは何か」という問いに対して新しい文化的な批評性をもたらすと考えた。

本論文は以下の貢献を含む。
・超複製技術時代と呼ぶ2024年現在の、グラフィックスコミュニティにおける写真技術とアウラに関する考察
・"Non-Reproducible Generative Collodion"と命名した、デジタルファブリケーション技術とブロックチェーン技術による湿板写真風写真作品の制作手法の提案
・ユーザーが抱いた湿板写真およびジェネリック湿板写真におけるアウラに関する知見と考察およびその批評

これらの探索を通じて、現在のデジタルアートコミュニティにおける複製技術の代表である写真とアウラの関係を批評し、それにより、アウラというキーワードを介して写真の今昔物語を接続させ、写真の本質に迫る新たな写真の歴史の始まりとしたい。

論文のIntroduction(導入)の日本語版原稿

これをわかりやすくまとめると、

  • 「湿板写真」をはじめとした200年前の写真手法は、写真1枚1枚が手作りなのでムラがあったり作る人によって個性が出たりする

  • 写真は年を経るたびに技術が発展し、今は簡単に複製(=コピー)できるようになってしまった

  • このことに対して、ベンヤミンという人が「写真という複製技術によって、芸術作品に対して圧倒される感覚(=アウラ)が薄れてしまった」と指摘した

  • さらに時代が進んで、私たちは今生成AIという複製も再現もできるすごい技術を使っている

  • そこで、複製も再現もできるすごい技術である「生成AI」と、複製ができなかった時代の写真である「湿板写真」を組み合わせた写真を作ってみたら、アウラはどのように解釈されるのだろう?

となります。

本プロジェクトでは、
『複製も再現もできるすごい技術である「生成AI」と、複製ができなかった時代の写真である「湿板写真」を組み合わせた写真を作ってみる』という制作を実践
『アウラはどのように解釈されるのだろう』を調べるための文献調査と専門家へのインタビューという2つの観点から考察・批評
の2つに取り組み、これを論文としてまとめて、メディアアートコミュニティに新しい考えを提案しました。

ここからは、キーワードになっている「湿板写真」と「アウラ」について説明をした後に、プロジェクトでの2つの取り組みについて概説します!

湿板写真とは?

「湿板写真」という写真を、そもそも聞いたことありますか?おそらく、多くの人が聞いたことない…と思います。でも、実は湿板写真という名前を知らないだけで多くの人がみたことある身近な事例を紹介します。

それは、坂本龍馬の立位像写真です!!▼

坂本龍馬の立ってるところの写真は、湿板写真なのです。

湿板写真とは、ガラスと銀でできたネガ写真で、写真をガラスに定着させるための薬品が乾く前に撮影や現像を行うという特徴から、湿板という名前がついています。

湿板写真の個人的に面白いと思っているところ(=感動ポイント)は、白背景におくとネガに、黒背景におくとポジになるという性質です。

湿板写真の面白いところ

Shippann Redesignのこのページが一番湿板写真の魅力が伝わると思うので、載せておきます▼)

こんなに魅力を言っておきながら、作るのはかなり大変で、ハードケミカルなところがあります。

医薬外劇物だし、臭いし、薬品ついたら手汚れるし(しかも全然落ちないのでネイルして誤魔化してた)…白衣とマスクとメガネ必須です。

これを自宅でやるのはちょっと難しい、それならデジタルファブリケーションで湿板写真再現できないかな?と思って始めたのが本プロジェクトのきっかけです!!!

アウラとは?

アウラって聞き馴染みがないと思いますが、英語で書くと"Aura"なので、カタカナで知られているのはオーラ(例文|キラキラな"オーラ"を放つイケメン男子)かも?と思いつつ、芸術論ではアウラと表記することが多いのでアウラと記載します。

ヴァルター・ベンヤミンというドイツの思想家が「複製技術時代の芸術作品」で指摘したキーワードが複製とアウラでした。

アウラって何?と言われると、オリジナルなものが「いま」「ここ」という一回性において持っている重みや権威のことだよ!と説明できるのですが、それってどういうこと?となった時の有名な具体例をいかに載せておきます。モナリザの例。

中間発表の時のスライド

このアウラという畏怖や敬意という感覚的なものが、複製技術と複製できない技術が組み合わさったものに対してどういう感じで働くの?というのが本プロジェクトで調べたいことです。

取り組み①湿板写真みたいなガラス写真を生成AIを組み合わせて作った!

(論文を読んでほしいので)ざっくり説明します!

早速ですが、本プロジェクトで制作したガラス写真をお見せします!
ジャーン▼

本プロジェクトで制作したガラス写真。左が黒背景に置いた時、右上が白背景に置いた時、右下が斜めから寄った時の図です。立てかけてる台が透けてることから分かるように、透明なガラス板に写真が形成されています。

これ、正直言ってめっちゃかっこよくないですか????

ガラス写真は、ただ印刷するのではなく、湿板写真に特有の性質をモチーフにして「ケミカルならではのムラや汚れ」「手作業ならではの一回性」を表現するための技術的な仕組みを経て作られています▼

論文のFigure5(a)を日本語にしたもの|ガラス写真制作システムフロー

本プロジェクトでは、画像作成のためのシステムを開発し、そこで作成された画像を用いてガラスに印刷しています。このシステムの内容は上図の紫の枠で囲まれたところに該当します。(システムがゲシュタルト崩壊してきた)

簡単にいうと、画像生成AIで使用するランダムな値(シード値:seedといいます、以下数字と呼びます)があるのですが、「使われた数字に印をつけて、次回以降にシステムが動作する時は、印がついている数字は使わずについていない数字を使う」という仕組みです。

なんでこの数字に印をつけておくかというと、同じ数字が使われたら、同じ画像が生成されてしまうからです。この「数字に印をつけておいて、印がついている数字は使わない」という制約によって、二度と同じ画像が生成されないようにするという写真の一回性を再現しています。

論文のFigure5(b)を日本語にしたもの、シード値によって異なるテクスチャ感。

取り組み②作ったガラス写真を専門家にインタビューしてみた!

(論文を読んでほしいので)ざっくり説明します!

インタビューの詳細は(論文にだいぶ詳しく記載しているので)割愛しますが、まとめとしては「来たる未来にあり得る物質的な写真の形だろう」ということで、アウラが認められたと考えても良い結果を得ることができました。

来たる未来にあり得る、というのは未来において写真がどんな形になっていくかを想像したときに、その時代が進む中で出てきそうだよね!と思えるということです。今の写真はスマホやカメラで撮って、画面で見ることが多いけれど、未来にはもっと違った写真の形が登場するかもしれません。たとえば、写真が紙ではなく特別な材料にプリントされたり、触ると映像が動いたり、光や音で表現されたりすることが考えられます。未来の写真は、ただの「見るもの」ではなく、触ったり、感じたりできるものになるかもしれません。

本プロジェクトで取り組んだ写真の制作は、いつか来たる未来のスタンダードになるかもしれません。

中間発表のスライドより。提案したガラス写真にアウラがありそうと示唆されたのです!

プロジェクトを通じて考えてもらいたい問い

タイトルにもある通り、今回のプロジェクトの大きな問いは「コンピュータが十分に発達した現代において「複製」とはなんだろうか?」です。

みなさんの周りに、「複製ができなかったものが複製できるようになった」「今も昔も複製できないもの」「複製してしまうと価値が変わってしまうもの」はありますか?

今回は、私の好きな「写真」という1つのテーマから複製について考えましたが、他にもこのような物事がたくさんあると思います。

この観点を頭の片隅にいれながら生活を営むと、新しい発見や価値観が生まれるかもしれません!(何か新しい発見があったらぜひ教えてください🙌)

頑張ったポイント3選

ここで、本プロジェクトで頑張ったところを勝手に3つ紹介します。これを頑張れた自分の根性と周りの方々のサポートに感謝です…🙏

環境構築から始めた湿板写真の制作

今回取り組むために、まずは湿板写真を作れるようにならないと!から始めたのですが、ここが一番大変でした…。

私が選んだ旧処方は、コロジオン(湿板の薬品)熟成に3ヶ月くらいかかるものだったので、本当に3ヶ月かけて熟成させてから制作が始まりました。

最初は、現像しても全然写っておらず…プロにアドバイスをいただきつつ、なんとか1ヶ月くらいかけてやっとうっすら像が出てくるかな〜という感じでした。

フォグ(全体的に曇っているような感じ)が取れなかったり、薬品のメンテもあったりで、一番時間かかったし、一番苦労しました。プロの方々には頭が上がりません…この手法で作品作っている人凄すぎる。

研究室で作った湿板写真、いつものうさちゃんが写っています。クオリティは高くないけど、像が出るまでがすごく大変だったので、写っただけでもかなり嬉しかったです。

論文中の図表の詰め具合

Art Papers(Long)は、図表が10個と制限があるので、情報量を10個になんとか抑えるというだいぶ厳しい闘いがあります。

Adobe Illustratorを酷使してきた5年目、ここは腕の見せ所です。ほとんどA4半ページ~1枚まるまるくらいのデカすぎ図表たちを作成して情報量もりもり論文が爆誕。(キャプションも長めで字数の節約もした。)カラフルで可愛いです。

図表のトンマナは毎回カラーパレット作成とフォント選定から始まる自称デザインガチ勢ですが、今回もスーパーかわいいので全体的な出来上がりが大満足です❣️

デカすぎる図表たち、ほとんどA4半ページ~1枚分ある。この詰め込み方を3年間で学びました。

粘り強く落合さんに原稿を見せに行ったしつこさと根性

いろんな人から「落合先生って忙しいから論文とか添削してくれないんじゃないの?」と会うたびに聞かれますが、そんなことありません。自分で捕まえに行けば結構ゴリゴリ添削してくれるし、なんならほぼ赤(もはや書き直される)レベルでみっちり添削されます。添削後の文章があまりにも良すぎて惚れます。

特に、イントロの文章の引き込まれ具合が尋常じゃないほどレベルアップして戻ってきます。最高です。いつも激エモ天才文章にしてくれてありがとうございます。

今回は執筆に2ヶ月かかり、その間に8回ほど添削してもらいました。落合さんのスケジュールを確保するのが一番大変でしたが、頑張って爆速修正スプリントを回せてよかったです!最終稿はほぼ修正なしだね、というチェック状態で投稿しました。

SIGGRAPH Asia2024で発表します!

ありがたいことに、SIGGRAPH Asia 2024のArt Papers(Long)に採択され、口頭発表をします!!!!わーい!!!!!!
今年は、12/3~12/6に東京国際フォーラムで開催されます。実は個人でStudent Volunteerにも採択していただいたので、会期中は会場のどこかにずっといます。会期中は毎日生存報告ツイートするので会場で見かけたらぜひ声かけてください🤲 (陰キャなので話しかけてくれると喜びます)

私の発表情報▼
Session|ArtPaper "AI"
Title|Can AI Generated Ambrotype Chain the Aura of Alternative Process?
🕰️2024年12月4日 14:20~
📍G405, Block G, Level 4

おわりに

最初にも書いたとおり、スタート(ネタ決め)から論文投稿まで半年ほどで取り組んだ短期決戦型プロジェクトだったので、これまでの知識や経験を生かすことができた、思い出深いものになりました!

このプロジェクトは、湿板写真を再現する手法を開発するのに未踏に提案していた内容でしたが、今年も不合格ということで絶対ペーパーにしてやる!と頑張ったものでした。報われてよかった〜!

画像生成の仕組みはみなたつが頑張ってくれました。ありがとう!

プロジェクト紹介動画やサムネイルの写真は落合さんが撮ってくれました。これもまた思い出です。色味が超気に入ってます!!ありがとう!

論文中の写真は松田くんが撮ってくれました。急にスカウトしたけどいいっすよ!で撮ってくれて本当に助かりました!ありがとう!

他にも、読んで感想をくれた先輩方、応援してくれたみなさんに感謝です!ありがとうございました!

現在は、卒論&SIGGRAPH2025に向けて別のプロジェクトを進行中です。またどこかに採択された時に公開すると思うので楽しみにお待ちください。ちなみに、もちろん写真ネタです📸 実装と実験と執筆まだまだがんばるぞー!

関わってくれた外部のみなさまへお礼

筑波大学CS専攻の工作室「openfab 創房」のUVインクジェットプリンタを使用しており、ガラス写真制作の際にお世話になりました。ありがとうございました!

湿板写真については、多くの方にアドバイスをいただき、研究室での湿板写真の制作を実現することができました。Light&Place和田様、あかつき写房ホンダ様、アトリエシャテーニュ猪股様、久保元幸印画教室久保様、PGI西丸様には大変お世話になりました。ありがとうございました!

関連リンク

▼プロジェクトページはこちら▼
https://digitalnature.slis.tsukuba.ac.jp/2024/11/can-ai-generated-ambrotype-chain-the-aura-of-alternative-process/

SIGGRAPH Asiaみんなきてね!!

▼SIGGRAPH Asia2024のArtPapers(Settion: AI)で発表します▼
2024/12/04 14:20~ G405, Block G, Level 4
https://asia.siggraph.org/2024/presentation/?id=artp_108&sess=sess273


いいなと思ったら応援しよう!