映画感想 エスター2 ファースト・キル
メイキングが見たい。
先月、たまたま『エスター』の第1作目を見たのだけど、その1ヶ月後に続編『エスター ファースト・キル』がまさかのAmazon Prime Video無料配信! まさかのBlu-ray化より先に配信決定である。別にそうなることを予期していたわけではないが、嬉しい偶然だ。おかげで1作目、2作目を続けて見ることができた。
基本情報から見ていこう。『エスター ファースト・キル』は第1作目の前日譚が描かれる。アメリカ公開は2022年、日本公開は2023年。監督は前作から変更があってウィリアム・ブレント・ベル。ウィリアム・ブレント・ベル監督はホラーを専門としていて、『Wer』、『ザ・ボーイ~人形少年の館~』その続編『ザ・ボーイ~残虐人形遊戯~』などを手がけた。日本ではほとんど劇場公開されていないので、あまり知られていない作家だ。
主演は前作に引き続きイザベル・ファーマン。前作である『エスター』を演じた時は12歳。今作を演じた時はおそらく25歳。25歳、162センチの彼女がいかにして9歳の少女を演じるのか……がポイントだ。
製作は前作に引き続きダークキャッスルエンターテインメント。映画の販売代理会社Sierra/Affinity、カナダの独立系制作会社イーグルビジョンの共同となる。
本作とは直接関係ない話だが、企画が立ち上がった切っ掛けは2013年に発覚されたとある事件があった。アメリカ、インディアナ州に住む一家が、アパートに11歳の娘を放置してカナダに移り住んだことによって「育児放棄」として逮捕された。この話だけ聞くと、ただの「育児放棄事件」で終わりそうな話だが、問題は11歳の子供。この子供は明らかに11歳ではなく、「年齢不詳だった」という。
話をはじめから説明しよう。インディアナ州に住むバーネット夫妻は2010年、養子を一家に迎え入れた。その養子というのはウクライナ出身の8歳の少女、ナタリア・グレイスという名前であるのだが……しばらくしてその少女ナタリアに不審な点がいくつも見つかる。8歳にしては大人びているし、陰毛も生えているし月経もある。それどころかナタリアは家族を脅迫し、殺害をほのめかし始めた。
この少女は危険だ……それを察知して一家はナタリアを放置して、カナダに移り住んだ……という事情だった。
実はナタリア・グレイスは小人症。ナタリアの実年齢はいまだ不明だが、2013年の時点で22歳だというが、これも真実かどうかわからない……という状況だ。
まるで『エスター』そのもの……というかバーネット夫妻は『エスター』を見て「まさか」と気付いたということらしい。アメリカではテレビメディアを中心に話題となった事件で、この事件とともに『エスター』が再注目された。アメリカで『エスター』が再注目され、再評価される切っ掛けとなり、この流れに乗ろうと本作の企画がスタートした……という流れだったようだ。
映画批評集積サイトRotten tomatoでは批評家評が145件あり肯定評価が71%。オーディエンススコアが77%。前作の批評家評が58%でオーディエンススコアが63%だったので、飛躍的に評価を伸ばしたといえる。
では前半のあらすじを見ていきましょう。
2007年エストニア。サルーン療養所。
ここに「リーナ」という名前の女性が収容されていた。一見すると子供のように見えるが……実際には31歳。成長ホルモンの分泌不全で低身長症を患っていた。その姿は子供のように愛らしいが、本性は残虐で凶暴。何度も逃亡を企てていた。
ある日、リーナのもとに郵便物が届けられる。首と手首に巻くためのリボンだ。以前、拘束具を着せられて暴れ回った時に、首と手首に傷跡が付いてしまったのだ。それを隠すためのものだった。
郵便物を届けてくれた係官にお礼がしたい。リーナはそう言って係官を部屋の中に招き入れると――その頭を激しく壁に打ち付けて殺す。
リーナはカードキーを奪って脱出を試みる。療養所を出た後は、新任の芸術療法士の車に隠れて街まで移動した。
芸術療法士の家の前でまでやってくると、リーナは車を出て療法士を殺し、家の中に入る。服装と髪型を整え、ネットで情報を探る。アメリカで「エスター」という名前の少女が行方不明らしい……。自分と顔がよく似ている。利用できるかも知れない。
リーナは自ら警察に保護され、エスターを名乗った。しばらくして連絡がアメリカまで行き、“母親”がやってきた。
「エスター……。よかった。私よ。ママよ。お顔を見せてくれる。エスター、もう二度と会えないかと思った」
どうやら母親はリーナをエスターと認識してくれたようだ。
エスターは密かに微笑む。どうやらこの家族に潜り込めそうだ……。
ここまでで25分。
前作はエスターを引き取る母親の視点で物語が進行していたが、今作では視点はエスター自身。エスターを中心軸にしてお話しが進んで行く。『羊たちの沈黙』と『ハンニバル』を連想させる構成の変化だが、これでエスターが「主人公」としての存在感がしっかり出るようになった。
今作のエスター。
……可愛いといえば可愛いけど……やっぱり顔が成人女性。
ちなみに日本語吹き替えは矢島晶子が担当する。『クレヨンしんちゃん』でしんのすけを演じていた女性だ。野原しんのすけのイメージがあまりにも強いが、矢島晶子は多彩な演技をこなせる声優だ。
こちらが前作。イザベル・ファーマンが12歳で演じたエスター。この時の可愛さはさすがに戻ってこない。
そもそもエスターはホルモンの分泌不全で身長が伸びなかった成人女性……という設定だから今作のほうが設定に対してリアルといえなくもないが。
前回でも紹介した26歳現在のイザベル・ファーマン。今でも可愛いんだけど……。
まず舞台となっている場所を見ていきましょう。
なんと上流階級! ものすごい豪邸。エスターの引きの強さはなかなか凄い。
ホラーは「場所」が大事。もう一つの主役となる。上流階級が設定にもしっかり反映されているが、しかしこのお屋敷自体がギミックとして活かされていないのがちょっと残念。
なぜホラーは場所が大事なのかというと、「幽霊は建物に憑く物」だから。伝統的に西洋では(主にイギリス)幽霊はお屋敷に現れるものと信じられていた。アメリカのホラー映画はその伝統を輸入したものだから、今でもホラー映画といえば舞台にこだわる習慣が残る。一般家庭が舞台でも、よくよく見ると一般の住宅建築にはないような様式が……ということも多い。
新しい“父親”の職業は画家。ブラックライトで絵の裏の側面が浮かび上がる……前作でも印象的なギミックはここで習得することになる。
しかし今作においてこのギミックは活かされていない。前作との辻褄を合わせるための描写でしかない……というのが残念。ただ、ブラックライトというモチーフだけは別のある場面で活用されている。
撮影方法を見てみよう。
エスターの後ろ姿。映画撮影法に詳しい人はもうピンと来たかと思うが、この後ろ姿は子役。イザベル・ファーマン本人ではない。
エスターがこうやって正面を向く時は、ほとんどのシーンでバストショット。なぜならイザベル・ファーマンは膝をついてか、あるいは“50センチくらい後ろ”にいるからだ。
どういうことかというと、本作は強制遠近法で撮影されている。イザベル・ファーマンはおそらく50センチほど後ろに立っていて、こうやってカメラを正面から撮影すると「小さく見える」という初歩的な視覚トリックが使われている。
映画撮影に詳しい人は『ロード・オブ・ザ・リング』を連想するはずだ。あの映画と同じ手法で本作は制作されている。
もう一つ、別に視聴のポイントというほどでもないが、後ろのドアが開くときかなり強めの光が入ってきて、その向こうが見えなくなっている。どうやらこのシーンのセットはここしか作っておらず、それをごまかすための処理だ。
プライベートジェットに乗り込んでいるシーン。一見2人は並んでいるように見えるが、実際はイザベル・ファーマンが50センチほど後ろにいるはず。そのため、椅子はやや大きく作ってあるはず。CGは使われてない。
この撮影法は『ロード・オブ・ザ・リング』で徹底的に開拓されたので、後の人でもこうやって気軽に技法を真似ることができる。
エスターが両手を見せる場面。もちろん、子役の手。
実はかなり凄いことをやっていたのが冒頭のエスター脱出シーン。子役、本人と何度も入れ替わりながらワンカット長回しの脱出シーンが撮影されている。
そのことを意識してもう一度脱出シーンを見てみよう。
まず背中を見せて歩いている全身を見せるショット。子役の後ろ姿。
その後、カメラは一回エスターから離れて医者を映す。この間にチェンジして、イザベル・ファーマン本人登場。
ロッカーの陰に隠れて、一度顔を見せて視聴者に印象づけをして、再び子役にチェンジ。歩く後ろ姿を見せる。
その後、正面から医者がやって来たので、扉に隠れる。ここでイザベル・ファーマンにチェンジ。ここからずっとイザベル・ファーマンの出番となる。
後ろ姿は実はイザベル・ファーマンではなく子役……それがわかった上で見ると、後ろ姿も印象が違って見える。エスターの後ろ姿、というか後頭部をよーく見よう。髪がまっすぐ真ん中で分けられている。
実はイザベル・ファーマンの分け目はやや右側(イザベル自身から見ると左)。右側から髪が分かれて徐々に中心に向かって行く。
このシーンは正面顔と後頭部両方見えるからわかりやすい。分け目がやや右側から始まり、徐々に中心線に向かっていっているのがわかる。
こういう撮影法だから、残念ながらエスターを正面・全身を映したカットがほとんどない。視覚トリックを活かしながらの撮影法だから、画面の構成を見るとやや不自然。構図が窮屈な感じがするのが残念(エスターを正面から映す時はいつも上半身だけ……)。ほとんどの人は違和感に気付かないとは思うが、見る人によってはすこし引っ掛かる。
他にも色んな撮影法が活用されていると思われる。というのも、エスターと触れあう場面もいくつかあるので、未知の撮影法があるのかもしれない。このあたりはいつかメイキングドキュメンタリーを見て確かめたいものだ。
さて映画本編。今作はエスターの視点で、いかにして療養所を脱出し、行方不明の子供を装ってアメリカの一家に紛れ込んだのか……が描かれる。しかし前半50分くらいは視点をエスターに変えただけで、前作とほぼ同じストーリーが展開していく。視点と細かな設定を入れ替えただけでストーリー一緒じゃないか……。ハリウッドにありがちな前作を繰り返すだけの続編……と思わせておいて、開始50分目、ちょうど全体の中間位置にやってくるところでまさかのツイストが入ってくる。
お! やってくれたな。意外などんでん返しが出てきて、俄然盛り上がってくる。映画を観ていて身を乗り出す場面だ。このツイストをやるために、わざと1作目の繰り返しみたいに作ってたんだな。
しかし――残念ながらその後の展開がモタついてしまう。次の一手どう展開させようか……作り手のほうもうまいアイデアが出せず……という感じ。あともう一歩、捻りがあったら「この作品凄いぞ!」といえたのだけど……。
あーいい感じだったのに惜しい……。でもあの展開からできることといえば、それくらいか……。
そのツイストがなんなのかはここでは書けない。そこは実際の作品を見てみよう。
ちょっと難あり……に思えたのは映像。暗いんだよね。コントラストも弱め。ちゃんとした視聴環境でHDRのカラーならしっかり見えるかと思うけど、配信はけっこうキツかった。ブロックノイズが一杯出てしまって……。明るい部屋で視聴すると、反射してしまって何が映っているのかわからないかも知れない。
エスター自身を物語の中心に据えて、「主人公」としてしっかりした存在感を持つようになった今作。つまりエスターが何を考え、行動したのか……というお話になっている。主演のイザベル・ファーマンの魅力が引き立っている。しかも意想外なツイストのおかげで、エスターを応援したくなるような作りになっている。サイコパス・チルドレンを主人公として見られるように作ってある……ということで脚本が非常に良くできている。見ているほうが「引っ掛けられた」と思える作品だ。後半はやや難ありだけど、それはスルーできるくらい。
前作『エスター』はあの作品だけの一発ネタ……みたいな1本だったけど、今作でフランチャイズとしての道筋を作ったのではないかという気がする。なぜならこの作品でちゃんとエスターを主人公として見られるようになったのだから。「エスターの被害者の物語」ではなく、「エスター自身の物語」となった。実際にイザベル・ファーマン主演の3作目の計画が動いているのだとか……。
ただこのお話をどこまで引き延ばせるのか。26歳のイザベル・ファーマンがエスターを演じられるのはいつまでなのか。それにこの先、どんな意想外がどんでん返しを思いつけるのか。
でももう一度イザベル・ファーマンが演じる「合法ロリ」が見られるなら、期待して3作目を待ちたい。ここからもしもさらに意想外などんでん返しがあり得る……というのなら、それを見てみたい。