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映画感想 キャプテン・フィリップス

 今回視聴映画は『キャプテン・フィリップス』。マット・ディモン主演のスパイ映画『ボーン』シリーズでお馴染みのイギリス出身ポール・グリーングラス監督作品。2013年の映画だ。ポール・グリーングラス監督作品には『ユナイテッド93』『7月22日』といった実話に基づくドキュメンタリー風の作品があり『キャプテン・フィリップス』はこちらの作品の方。ほとんどのシーンが手持ちカメラで撮影され、本当のドキュメンタリーのように作られているので、臨場感は凄まじい。
 事件が起きたのは2009年4月8日。ソマリア沖を航海中のコンテナ船が海賊達に乗り込まれ、船長が人質になって連れて行かれた……という実話を元にしている。実際に海賊に誘拐されたリチャード・フィリップス船長と共同著者ステファン・タルティによってこの時の顛末が『キャプテンの責務』という本にまとめられ、2010年に出版された。本が出版された直後、ソニー・ピクチャーズが映画化権を取得、2011年に脚本草稿が仕上げられ、トム・ハンクスがプロジェクトに参加した。その後、ポール・グリーングラス監督が雇用された。事件が2009年で劇場公開は2013年だから、事件が起きた4年後……というスピード感で制作されたことになる。
 撮影はほとんどのシーンをグリーンバックを使用せず、海の上で撮影された。一部は実際のコンテナ船でも撮影された(ただし、事件のあったマースク・アラバマ号ではなく、マークス・アレクサンダー号)。船の揺れや、波しぶきの臨場感はグリーンバックでは出しづらい……という実情によるものだ。
 制作費は5500万ドル。興行収入は世界で2億1700万ドル。映画批評集積サイトRotten tomatoによれば、282件のレビューがあり、肯定評価は93%。オーディエンススコア89%。批評家、一般観客ともに大絶賛となっている。
 ただ賞レースでは振るわず、米国アカデミー賞、英国アカデミー賞、その他の多くのアワードでノミネートされたが、ほとんど受賞できず。アメリカでは批評家達が2013年の最高映画の1本として選出し、それほどの高い評価を受けているのに関わらず、アワードを獲得できなかったのは残念。

 それでは前半のストーリーを見ていきましょう。


 リチャード・フィリップス船長は看護師の妻と空港で別れ、自分の仕事場へと向かった。向かった先はオマーンのサラーサ港。これから船長としてコンテナ船に乗り込み、積み荷を運ぶのだが――航海ルートに「ソマリア海盆」があった。海賊多発地帯である。
 貨物2400トン。援助食料200トン。飲み水166トン。燃料250トン。終着はケニアのモンバサ港。しかし、無事に荷物を送り届けることができるのか……。緊張を感じながら、フィリップス船長はマースク・アラバマ号を出港させる。
 4月8日、緊急時訓練中にレーダーが不審な影を捉える。フィリップス船長は双眼鏡を持ってバルコニーに出て、目視でも確認。2隻のボートが猛烈な速度でまっすぐこちらへ向かっている。本物の海賊が来た!
 フィリップスはただちに速度を最大まであげて、英国MTOと連絡を取る。しかし英国MTOは「厳重警戒を」と指示するだけで、海賊の出現を現実のものと認識しなかった。
 そうしているうちに、ボートは2キロ地点まで接近。双眼鏡でもボートの上に武装した若者達の姿が確認できた。
 フィリップス船長は受話器を取り、「大至急応援を要請する。――了解、武装機が向かった。5分でそちらに到着する」というひとり芝居を演じる。
 それを無線で聞いていた海賊は「空から軍が来る」と思い込み、1隻が逃走。だがもう1隻が迷わずこちらに向かってくる。
 フィリップス船長は機関室と連絡を取り、出力を最大まで上げさせる。コンテナ船後方に大きな波しぶきが立ち上がる。海賊のボートが波に煽られて、大きく跳ね上がる。うまくいった。エンジンがイカレたらしい。ボートは海の上で立ち往生になってしまった。
 海賊の危機はどうにか脱した。しかし海賊はまだ狙ってくるはず……。フィリップス船長は船員達を集め、対策を練るのだった。


 ここまでで25分くらい。マースク・アラバマ号に2隻の海賊船が迫ってくるが、どうにかそれをやりすごす……これが前半25分のストーリー。しかしこれで終わるわけはなく……さらなる危難がこの次の展開に起きてしまう。

 映画中のリチャード・フィリップ。トム・ハンクスが演じる。
実際のリチャード・フィリップス(右)。左にいるのは救助にやってきたシールズのフランク・カステラーノ。

 日本はあまりにも平和で、世界情勢に対して無感覚になっている人が多く、現代の海賊問題を聞くと「海賊とかwwww中二病wwwwONE PIECEの読み過ぎwww」という反応をする人が多数派だが、現実に起きている問題だ。
 まとめられている本によって情報に差があるのだが、現代の海賊問題が多くなってきたのは1980年代からとされている。
 1980年代初頭、ベトナムから逃亡したボート・ピープルを狙った襲撃が頻発するようになり、この頃から海賊問題は認識されるようになってきた。しかし政府は特に対策を講じることはなかった。問題は1990年代に入っても続き、1990年最初の半年のうちにベトナムのボート・ピープルへの攻撃が33回、死者9人、266人の行方不明者を出す。
 こうした事件は1990年代全体を通して頻発し続け、遅まきながら世界的に海賊問題は起きている……という認識が持たれるようになっていった。現在でも危険とされる地域はマラッカ海峡、南および東シナ海、フィリピン、アフリカ、南および中央アメリカ、カリブ海といった地域だ。

 問題がなかなか顕在化しなかったのは、周囲と当事者の問題意識の低さからだった。海賊の被害に遭った場合でも損害が軽微だった場合、報告しないというケースもあった。報告のためには官僚的な長い手続きが必要な上、費用もかかるからだ。海運会社も海賊問題を認めると、保険料や船員達に対する給料を上げなければならない……そこであえて報告を上げなかったという例もある。公的機関が賄賂を受け取っていて海賊問題を見過ごしている……という事例もあった。弱小国になると、そもそも報告を上げる機関がなかった。
 そういった理由で、現代の海賊問題への対策はやや後手に回りがちだった。

アフリカの角

 今回の映画で舞台となっているのは、この「アフリカの角」と呼ばれる地域だ。海岸沿いの国をソマリアといって、政情不安の国であるため、ここを中心に多くの問題が起きている。しかも地理的にパナマ運河を前に突き出ている国なので、ソマリアから出てくる海賊に襲撃されるケースが多い。そうした海域を通ってケニアのモンバサ港へ行く……というルートだから、フィリップス船長は最初から神経質になっていたというわけだった。

 海賊といえば18世紀頃に「海賊の黄金期」と呼ばれる時代があり、「黒髭」で知られるエドワード・ティーチはこの時代の人だ。18世紀頃は「海賊」を職業として活動している人がたくさんいたが、現代の海賊はだいぶ性質が異なる。
 まずリーダー役となる人が貧しい漁村を回って、その場で若者達をリクルートする。その時初めて会ったという若者同士だから、名前も知らなかったりする。そうした人たちが指示役の元に集まり、海賊行為をして、その後離散する。そういうパターンなので、後で調査しても内実を掴みづらい……という事情がある。なにしろお互い名前も知らない同士だから、1人逮捕しても他の構成員も……というわけには行かない。
 映画ではソマリアの貧しい漁村へリーダー役が現れ、「海賊をやるぞ!」と号令をかけると、みんな稼ぎたいから「俺を連れて行ってくれ!」と集まってくる。そうやって集まってくるのは年端のいかない若者ばかり……。本作の事件でも集まってきたのは16~20歳の若者だった。ちょうど現代の日本で起きている「闇バイト」に似た状況だ(ソマリアで起きているようなことが、今の日本でも起きてしまっている……というのが今の日本のヤバさなのだが)。  こうやって漁村から船が出発するわけだけど、この時、最初に指示を出していた怖いおじさん達は海賊には参加しない。子供たちを直接監視するリーダー格の人はいるけれど、その人が乗っている船は相手から見えないくらい遠くで待機していて、問題が起きたら一番に逃走する。そういうわけで、首謀者はまず逮捕されることがない況だ(こういうところも闇バイトっぽい)。
 最終的にマークス・アラバマ号を襲撃した少年は逮捕されるわけだが、16歳だったが例外的に「18歳以上」として裁判されることとなる。

映画の場面。貧しい漁村にリーダー役となる男がやってきて、略奪の指示をする。すると若者達が「俺を連れて行ってくれ!」と集まってくる。みんな仕事がなく貧しい人たち。海に出て一攫千金を稼ぎたいと考えている。

 海の上の危険は、陸の人々にはあまり知られることはない。実際には様々な問題があり、地域によっては「ジハードだ!」と叫びながら小型船で突撃してくる……ということも実際に起きている。そういう事例が過去何度もあったため、現代のコンテナ船は小型船が突撃してきたくらいでは穴は開かないように作られている。

 しかし海賊船に対する対処は万全だとは言いがたい。
 海に出るとコンテナ船は孤立無援状態になる。乗組員は操縦の自動化が進んでいるため、たった20人程度。速度は18ノット。海賊から見れば、海の上を「宝船」がノロノロと進んでいる……というようにしか見えない。
 マースク・アラバマ号に乗り込んだ海賊……というのはたった4人の10代の若者だったが、そんなたかが4人が乗り込んできただけでも制圧される……というのがコンテナ船の厳しい現実だ。

 映画の場面。コンテナ船の背後を、ボートが猛スピードで追いかけてくる。後に逮捕されるが、16~20歳の若者達だった。
 乗り込まれる瞬間。たった4人の若者に乗り込まれただけで占拠されてしまう。

 2009年、この「アフリカの角」と呼ばれる地域でソマリア海賊に襲われた……というケースはどれだけあったのだろうか? 過去事例を見てみると、2009年は「当たり年」というくらいに頻発しており、数えてみると78件も起きていた。週に1回以上のペースだ。マークス・アラバマ号はそのうちの1件で、回顧録が本にまとめられ、映画化されたから知られるようになったが、実際にはとんでもない件数の事件が起きていた。日本の貨物船も襲撃されているので、他人事ではない。
 多くの事例で海賊達は多額の身代金獲得に成功しているので、そういう「成功体験談」を聞いているせいで、貧しい若者たちが「一攫千金」を求めてリーダー役の元に集まってくる……という状況になっている。

実際のマークス・アラバマ号。

 結局はソマリアの貧困が海賊問題を引き起こしている。実行犯を逮捕したところで問題の根本解決にはならない。貧困が広まっているから、若者達が次々に一攫千金を求めて海に飛び出してくる……という現状がある。その問題がなかなか解決できない……というのが悩ましいところだ。
 ただ、マークス・アラバマ号の事件に関しては皮肉な話だが、積み荷として載せていたのはソマリアへ送るはずだった食料だった。ソマリアへの貧困対策として送られた船が、ソマリアの若者達に襲撃される……というのが本作の裏に書かれている皮肉。ソマリアの若者達からしてみれば、どこからから少々のお恵みを与えてもらうより、危険を承知で積極的に海に出ていって稼いだ方が得……という感覚がどうしてもあるのだ。

 最近の海賊事情では、ようやく貨物船に武装した警備員が乗船するようになった。その成果なのかわからないが、2012年の終わり頃からアフリカの角を舞台にした海賊行為は劇的に減っている。2013年以降は数年おきに稀に起きる事件になっていっている。海賊行為の根絶はまだまだ先だが、劇的に減らすことには成功している。

 映画は実際の襲撃事件がリアルに再現されている。ポール・グリーングラス監督はそもそもドキュメンタリー出身の映画監督で、すでに「ドキュメンタリー風の映画」を制作してきた実績があるので、本作も臨場感たっぷりに事件が描かれる。
 実際の事件は詳細に調査されただろうし、本作に登場してくる軍人達はみんな本職(あるいは元本職)。撮影も船の上なので、映像にやたらと説得力がある。根拠があるかわからないが、検証をしたジャーナリストによると、本作は81%事実に基づいているという。こうした「実話もの映画」の中でもかなり事実に即して描かれているといえる。
 実際事件との違いは、例えばフィリップス船長が誘拐されてから救助されるまで、映画では一晩の出来事……として描かれているが、実際には5日間だったという。その間にいろんなやり取りがあり、フィリップス船長は犯人達と談笑するくらいに打ち解け合えた……という瞬間もあったという。

 船員の一部だが、映画の中でフィリップス船長が英雄的に描かれていることに不満を持っており、「不正確だ」と非難している。船長は危険な海域だと知りつつ、その中に船を導いた……として訴訟をしている。
 ただ訴訟の件はどうかな……という気がしている。というのも積み荷がソマリアへの救援物資で、どうあがいてもソマリア海盆に入っていかなければならず、そういう航路を取ることは船に乗る前に承知済みだったはず。それを後になって責任問題だ……というのは後出しジャンケンではないかと。この裁判は現在も係争中だ。

 それくらい実際の事件との差異はあるものの、多くは実際に起きたとおりに物語が進行している。事件の中にたまたまドキュメンタリーのカメラマンも乗り込んでいた……という雰囲気で物語が進行しているので、映像がやたらと生々しい。あり得ないはずの「犯人側の視点のカメラ」もあるので、リアルなドキュメンタリー風でありながら、映画的な編集でも作られている。ドキュメンタリー風でありながら、映画的にお話しが進んで行く……という不思議なところもある。

 ただ、引っ掛かるのが俳優にカメラが接近しすぎて、俯瞰した状況がわかりづらい。例えば、海賊に迫られたとき、当事者と海賊がどれほどの距離感で接していたのか。カメラワークが俳優の顔アップ→俳優の顔アップ→俳優の顔アップ……と連続していくので、あたかもみんな狭いところに密集しているようにすら感じられる。
 救命ボートのシーンもやたらと画角が狭いが、実際の写真を見ると救命ボートはもうちょっと大きい。内部にそれなりの空間があったはずだが、そういう空間がわからない。
 当事者の側にカメラマンも同席している……という雰囲気で制作されていて、そういう意味で緊張感のある映像にはなっているのだけど、シーンによっては何が起きているのはわかりづらい……というのが唯一感じられた難点。

 本作『キャプテン・フィリップス』は賞レースで振るわなかったものの、各所から称賛を受けた作品だ。その評判に偽りはなく、映像は異様に生々しく、海賊に乗っ取られる緊張感はエンタメ映画の中でも得がたいものになっている。その中でも際立っていたのが主演トム・ハンクスの演技。救助され、緊張が解ける瞬間の表情は、演技だとは感じられないくらいのリアリティ。
 2009年頃に起きていた海賊問題の実態を知ることのできる映画としてもかなり貴重なもの。ぜひ押さえておきたい1作だ。


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