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映画感想 事故物件 怖い間取り

 あ……これ、デートムービーだわ。

 『事故物件 怖い間取り』は芸人松原タニシ原作により実録物怪談である。
 経緯から話そう。
 2012年、売れない芸人だった松原タニシは、同じ芸能事務所所属タレントであり先輩の北野誠出演番組【北野誠のおまえら行くな】という番組に出演。その番組企画として、幽霊が出る事故物件に住むこととなった。その際に様々な怪異現象を体験し、次第に番組内で評判企画に育っていった。
 この時の体験は『事故物件怪談 怖い間取り』として書籍化され、第1巻が2018年、第2巻が2020年に出版。さらに漫画版『ボクんち事故物件』『ゼロから始める事故物件生活』といった作品が派生的に生まれている。
 芸人・松原タニシは契約更新のたびに引っ越しし、現在も事故物件を選んで住み続けている。2020年4月の時点で、10件目となる事故物件に住んでいる。

 この実録物怪談を映像化した作品が本作『事故物件 怖い間取り』だ。基本的な経緯はこれまで出版された実録本や、漫画版と同じ。売れない芸人が番組企画で事故物件に住むようになり……というところから始まる。映画中のセットも、実際の松原タニシが住んでいた家に合わせて作られているようだ。
 監督は中田秀夫。『女優霊』に始まり、『リング』『仄暗い水の底から』といったホラー作品を次々とヒットさせ、Jホラーの代表格とされている人物だ。
 興行収入は週末動員ランキング1位を獲得し、2日で26万人を動員。現在までに23億円を稼ぎ出したヒット作となった。
 実録物ホラーで、監督は大ベテランの中田秀夫監督、さらに2020年ヒット作……。期待できる要素てんこもりの1本だ。

 いつものように、前半のストーリーを見てみよう。

 売れない芸人の山野ヤマメと中井大佐は今日も舞台に出てコントを披露するが、まったく受けない。最初から最後まで滑り倒し。たくさんいるお客さんの中で笑っているのはただ1人……。それがさらに薄ら寒い印象を作っているのだった。
 今日も受けなかった……誰も笑ってくれなかった……。山野ヤマメと中井大佐は、もうコンビ解散しようか、と話をする。中井大佐は芸人をやめて、放送作家に転向しようかと考えていた。すでにその仕事の誘いも来ていた。
 じゃあ、俺はどうするんだ? ネタも作れない、ピンでやっていくなんて無理だ。山野ヤマメはコンビ解散を止めようとするが、中井大佐の意思は固い。
 山野ヤマメが劇場を出ると、そこに1人の女性が待っていた。さっきのコントの時に、唯一人笑ってくれていた女性だった。山野ヤマメは、「もうコンビ解散だから」……と女性に伝えて去って行くのだった……。
 その後、山野ヤマメと中井大佐はコンビ解散の挨拶回りで、松尾雄治プロデューサーを尋ねていた。松尾プロデューサーは抱えている番組が低視聴率で打ち切りの危機……。山野ヤマメと中井大佐の2人に「ちょっと知恵を貸せ」と打ち合わせに付き合わせるのだった。
 そこで中井大佐は「事故物件に住んでみる」という企画を提案する。売れない芸人で今後もなかった山野ヤマメは「お前、やってみないか」と薦められる。ここでは山野ヤマメは、提案を断っている。
 ここで、山野ヤマメはあの時の女性と再び会う。女性は小坂梓と名乗り、メイク担当として松尾プロデューサーの番組に関わることになった、と告げる。
 山野ヤマメはその後もしばらくコンビ解散を止めるよう中井大佐を説得するのだが、とある番組収録中に突然呼び出されて、荷物とビデオカメラを渡されて、「今すぐこの家に住め」と指示を受ける。

 ……ここまでで14分。

 結局事故物件に住むことになってしまった山野ヤマメは、件の家へ向かうことになった。向かった先は閑静な住宅地にある、ごく普通のアパートのごく普通の一室。19畳ワンルームで4万5000円……不自然なくらい格安物件である。
 住み始めるが、しかし特にこれといった現象は起きない。起きたといえば、松尾プロデューサーが電話してきた時、女の笑い声が混入していたことくらい。それから、ビデオカメラに映った白い影……それだけだった。

 ここまでで20分。

 映画の感想文に入る前に……小坂梓役の女優さん可愛い~~!! なんなの、あの女優。いい人見付けてきたなぁ……。あの女優さんの存在だけで2時間見ていられる……。
 小坂梓役の女優さんは、「奈緒」という。1995年生まれの若い女優だ。すでにたくさんのテレビドラマ、映画に出演しているが……ああ1本たりとも見てないや。どうりで知らなかったはずだ。
 まあ成長途中の女優さんなので、またどこかで顔を見ることがあるでしょう。

奈緒(Instagramより)

 さて本編。
 物語が始まる経緯は、これまでノンフィクションや漫画版で語られているものと同じ。売れない芸人が、とある番組企画で事故物件に住むことになった……という経緯が前半14分で語られる。
 その前半部分のムードは、ちょっと恋愛ドラマふう。受けていない劇場の中で、ただ1人笑ってくれている女の子がいて、しかもその子がめちゃくちゃに可愛くて。劇場外で出待ちをしてくれている唯一のファンで……。冒頭に会って話すシーンがあるのだけど、もういきなりいい雰囲気を出している。

 どうしてこういう作りになっているのか――というと、この作品、実はデートムービーだから。主人公は「売れない芸人」であるはずなのに、やたらとイケメン。ジャニーズタレントの亀梨和也なんだから、イケメンなのは当然。そのイケメン芸人に唯一のファンと言ってくる、これまた美女がやってきて、なんだかいい雰囲気になる……。
 なんかヘンだよね。売れない芸人があんなにイケメンなわけないし、その売れない芸人の唯一のファンがあんな美女なわけがないしで。劇場のお客さんは女の子で一杯なのに、亀梨和也のようなイケメンが出てきて、誰も「キャー!」とか言わないのは、その時点でおかしい。その劇場の様子も、本当に1人しか笑っていない……という状況がまた不自然で……せめてもう1人か2人くらい笑っててもいいんじゃない、という気が。
 どうしてこういう組み合わせになっているのか……というと、この映画がデートムービーだから。若い男女がデートに来て、気軽に見られるもの……みたいに作られている。主演の亀梨和也もヒロインの奈緒も、若い男女が釣れそうな組み合わせだ。作品のムードもどことなく恋愛ドラマっぽい始まり方をするのも、デートムービーという意識で作られているから。
 イケメンの芸人も、美女のファンも、実際には存在しない。この部分がまず映画の創作であるところ。現実は「山野ヤマメ」ではなくて「松原タニシ」……ですものね。漫画版は「松原タニシ」を主人公にしているけれども、映画は「山野ヤマメ」という別人。ここが映画として最初に改変された部分。

 前半20分が終わったところで、山野ヤマメと中井大佐は、小坂梓をお好み焼き屋に誘い、「どうして芸人になったんですか?」と経緯を尋ねる。そこで山野ヤマメはいい雰囲気のお話をするんだけど……。このシーンの作りがいかにも「良いお話を始めますよ」……という雰囲気を出しながら話し始めるんで……。すっとカメラが接近して、顔をクローズアップするし。
 うわー、あざといカメラワーク。なんか、「映画」っていう感じじゃなくて、「テレビドラマ」って感じ。カメラも表情と台詞をプラモデルのように切って貼っただけで、シーン全体も妙にのっぺりしている。
 いやいや、俳優の演技力の問題ではなく、そもそもそういう映画だから。デートムービーだから、深く考えなくても成立するような作りにしてある。
 他のシーンを見ても、人物の感情はみんな台詞で語っちゃうんだ。例えば、松尾プロデューサーが「事故物件に芸人を住まわせるアイデア」をあたかも自分の手柄のように語るシーンで、中井大佐がぽつりと「俺のアイデアなのに……」と呟く。それ台詞にして言っちゃうかぁ……。
 感情的になるシーンは、とりあえず怒鳴り合い、叫び合い。とりあえず怒鳴り合うのは、日本映画でよくあるシーン作りだよね。映像をじっくり見るまでもなく、誰にでもわかるように映画を作っている。
 まあ初めて映画を観る人向けにはいいかも……。というか、若い男女がデートで選ぶ作品、として作ってあるので、これくらいの甘口でちょうどいいんでしょう。

 では次の20分を見てみよう。

 中井大佐は「これからヤマメの家へ行こう」と小坂梓を誘う。件のアパートへ行くのだが……。小坂梓はその入り口のところで怪異を目撃してしまい、恐怖して去ってしまう。
 実は霊が見える体質だった小坂梓。後に「霊が見える体質」であることを明かすと、山野ヤマメは「協力してくれ!」と土下座をする。前回の撮影で偶然白い影を捉えることができたが、それから何も変化は起きない。「何か」が起きてくれないと、打ち切られてしまう可能性がある……だからどうしても……と頼むのだった。
 その夜、小坂梓は件のアパートを尋ね……。さっそく怪異現象を目撃してしまうのだった。
 翌日、映像を確認するが、何も映っていない。小坂梓が怪異を目撃し、パニックになるその手前で、カメラが途切れていた。部屋全体を捉えていたどのビデオでも、同じ瞬間にブラックアウトしていた。
 調査検証もそこそこに、中井大佐は仕事がある、と家を出て行く。山野ヤマメも仕事で家を出る。そこで赤い服を着た女を目撃するのだった。

 実は映画の前半20分は何も起きない。“何か”が起き始めるのは次の20分~40分のところから。ここからホラーが始まる。
 まず小坂梓は駐輪場で黒い人影を見るのだが……この黒い人影が映画全編に登場してくる悪霊というわけだが、登場の仕方がいかにもCGって感じで……。
 その次、部屋で怪異を目撃するシーン。扉が勝手に開き、そこを若い女と男が横切る――ここはいい感じ。雰囲気が出ている。(おそらく真冬であるのに)ドアと窓を開けて、そこで横切らせる……という見せ方もいい。こういうところはさすがにホラーのベテランという感じ。
 引っ掛かるのは小坂梓の恐怖に引きつる顔で……。いや、女優さんが悪いのではなく、「そこでこういう顔をしろ」という指示を受けてそうしたんだろうけども……。ただ棒立ちで「怖い顔をしてますよ」という単調さが引っ掛かる。他のシーンでも、この女優さんはいつも同じ顔をする。棒立ちでビックリ顔。せめて、そこからさらに何かをやってほしいものだけど……。でもそもそもデートムービーだからそういう複雑なものを求めていないというのもあるけれども。
 せっかく綺麗な女優さんなのに、物語を何も引っ張ってないのが残念なところだなぁ……。

 さて、いよいよ「女の幽霊」が現れる。赤いワンピースの服を着た女。
 赤い服を着た幽霊……というのはこの映画に限らず、「幽霊」の普遍的イメージ。赤は血の色だし、鳥居や橋といった境界に使われる色。おそらく赤は、生と死の境界を示す色なのだろう。女の幽霊といったら、だいたい少女も大人の女も赤い服を着ている……と決まっている。事件当時に、本当に赤い服を着ていたかどうか……ということももはやどうでもいい。幽霊のイメージを作るのは、実際の死者ではなく生き残った人間達の方なのだから。
 その一方で、「黒い服」も幽霊の普遍的イメージ。この最初の事件から、黒いローブを身にまとった謎の男が登場してくる。しかしこの黒い男は映画前半部分では特に何もしない。そもそも個々の事故物件のエピソードとも関係がない。赤い服を着た女の幽霊が現れ、山野ヤマメも中井大佐も事故を起こすのだが、こちらは赤い幽霊が引き起こした物。黒い男は関わっていない。

 ではこの黒い男はなんなのか?
(『名探偵コナン』に登場する犯人(仮)の人とは関係ないだろう)
 この後、山野ヤマメの「事故物件に住む」企画は評判を呼び、次々と事故物件に引っ越しして様々な怪異と遭遇するのだけど、黒い男はその間、ずーっと山野ヤマメを追いかけてくる。ストーカーだけど、なんだか可愛いね。ずっと後ろをついてきたと思うと……。ある意味「すごい熱心なファン」。
 この黒い男は山野ヤマメに目を付けて、いろんな事故物件を一緒に渡り歩き、怨念を吸い上げてより強力な存在になろうとしている。幽霊は気まぐれに現れては、危害を加えたり殺したりしてくるのだけど、黒い男は何かしらの「目的」を持ってつきまとっているように見える。 とあるシーンでは、今まさに自殺している……という男の背後に立っていて、どうやら死の引導を渡している瞬間に見える。ということは、役割としては「死神」だろう。
 もしかすると山野ヤマメも間もなく死ぬと見込んで、いや死の引導を渡すつもりで側で待機していたのだけど、しかし山野ヤマメが様々な怪異と遭遇しつつも奇跡的に回避し続けて……「アテが外れた」というやつかな。
 映画の最後の場面で、死神の顔が現れるが、これまでの事故物件の犠牲者の顔が次々と浮かんで、本体がわからないように描かれている。ということは、山野ヤマメが渡り歩いてきた事故物件の悪霊の性質を受け継いで、パワーアップし続けてきた存在なのだろう。

 この顔が次々に変わるシーンだけど、やっぱりいかにもCGって感じで……。
 幽霊表現ってアナログ撮影の産物なんだ。幽霊がすーっと現れたり、透明になったりするのは、アナログ撮影で可能だから。現代の幽霊のイメージは、大半は撮影テクニックの「事情」によるもので作り上げられたといってもいい。幽霊伝承を遡ると、幽霊は半透明でもなかったし、「足がない」幽霊は日本特有のものだし、その「足のない幽霊」のイメージは横山大観の絵が元ネタだし……。私たちは文化的に積み上げたもので幽霊イメージを見ている。
 それがCG時代になったら、あんなふうになりました……という感じなのだろう。新時代の幽霊はCG制作のテクニックによって生まれる。……だけど、もうちょっとCGっぽさを押さえて欲しかったなぁ。
 不思議なことに、「アナログ撮影」を前提にした表現はどんなものでも格好よかったり怖かったりするんだけど、「CG撮影」を前提にした表現はなかなか格好よくならない。むしろわざとらしく見える。
 これももしかしたら「表現による不気味の谷」といったものかもしれないけども。幽霊表現も、CGを前提にしてしまうと急にどこかわざとらしく、どんなに仰々しくやっても怖さを感じない。

 それで最終局面で、この黒い男は映画の幕引きをする存在となる。「打倒される存在」になってしまう。
 うーん、倒せてしまう幽霊なんて……。「倒せる物」とわかってしまうと、怖くともなんともない。除霊シーンはなんだか急にCGモンスター映画のノリになっちゃって……。幽霊としての怖さはなくなってしまった。
 まあ、デートムービーだし。いい感じの後味で劇場を出てもらおう……と考えたら、最後に幽霊は打倒されておしまい……という展開のほうがいいのかな。

 『事故物件 怖い間取り』がどういう映画だったか、というとやっぱりデートムービー。デートムービーとして作られているから、ホラーとしては甘口も甘口。怖くなり過ぎないように配慮されて作られている。ガチガチなホラーを求めて見た人にはちょっと物足りない。
 事故物件に次々に移り住む、という展開も面白いは面白いのだけど、それがクライマックスに向けた盛り上がりとして機能していないのが惜しいところ。個々のホラーシーンはやっぱりベテランらしく、いい雰囲気で作られている。一つ一つのホラーシーンはちゃんと怖く作られている。
 しかし例の黒い男だけがどうしてもその全体像から浮いて見えてしまって……黒い男だけリアリティがなさすぎて、漫画的に見えてしまう。他の幽霊たちはそれぞれそこで起きた事件を紐付いて、そこから生々しさが生まれているのだけど、黒い男にだけそういう生々しさがない。映画をまとめるために作られたキャラクターというのはわかるけれども、その機能だけ与えられて創造されているからどうしてもキャラクターとして弱い。『リング』に登場した貞子のように、映画全体をまとめあげるほどの怖さがない。
 デウス・エキス・マキナ(幽霊)って感じ。
 ホラー映画のベテランらしさを感じる部分は一杯あるけれども、やっぱりデートムービーだから全体的に甘口。まあ、とにかく女優の奈緒さんが可愛かったので、これだけでも見る価値はあったかな。


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とらつぐみ
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