とらぶた自習室 (20) 勉強メモ 野口良平『幕末的思考』第3部「内戦」第1章-1~4 ②中江兆民
野口良平『幕末的思考』みすず書房
第3部「公私」
第1章「再び見いだされた感覚──第三のミッシングリンク」1~4 ②中江兆民
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(筆)栗林佐知
2023年8月2日のメモ
② 中江兆民『三酔人経綸問答』
明治維新の三傑(西郷・大久保・木戸)がなくなり、 後を継いだ伊藤博文らによって"秘密裏に用意された憲法が、天皇から人々に「下される」"ことになってしまった明治20年代前夜……。
伊藤のやり方に、思想家たちはどう対抗したか……
まず、中江兆民の格闘の産物『三酔人経綸問答』が紹介されます。
■「自由」の難題
「われわれは自由だ。自由な人民のためにこそ国家がつくられる」 というルソーの思想を、日本人に紹介した中江兆民は、そのルソーもぶち当たった難題 「自由は尊ばれねばならないが、力の強い人が、立場の弱い人から横取りする自由はどうする? この自由を、ルールでもって制約する理由づけは何?」
という問題の答えが出せなかった。
一時は、 「すごく立派で利口でやさしい立法者が、参謀の補佐を得て裁けばいい。その立法者は西郷さんみたいな人だ」 と考えていた兆民先生。
だが西郷さんは明治10年、西南の役で、鹿児島で敗れてしまう。
どうする?
人民が主人公の世をどんな理論で作っていけばいい?
経済力や軍事力など、こちらより強い諸外国とどうつきあっていけばいい?
兆民先生は考え続け、民権運動にも身を挺してかかわる
(この本には民権運動の細かい動きはあまり書かれていない)。
思考も続ける。
そして世に問うたのが『三酔人経綸問答』なのだ。
■『三酔人経綸問答』
『三酔人経綸問題』その内容は……、 3人の男が、酒を酌み交わしながら、これからどんな国をつくったらいいか、語り合う、というもの。
その3人とは……、 酒豪で奇抜な思想家「南海先生」、 立憲民主制、平和を理想とする「洋学紳士」、 侵略主義者の「豪傑の客」。
洋学紳士の理想と、豪傑くんの乱暴な説を聞き、
南海先生は 「洋学紳士くんの意見は、みんなが同じ意見にならないととても無理だし、豪傑くんのやりかたは、よほどのスゴイ人にしかできないだろう」といい、
「じゃあ南海先生のご意見は?」ときかれると、
「立憲制をしいて、上は天皇、下は国民、みんな幸せに暮らし、穏健な外交をして、欧米からは良いところだけを取り入れる」 とこたえる。
これではまるで、まじめな小学生(「児童徒卒」)や現代のNHKのアナウンサーでも言える一般論だ。
「南海先生ごまかせり!」 と、解説者(欄外から兆民先生が自分でちゃちゃを入れているらしい)から突っこみが入るそうだ。
以前、この本の結末を以前どこかで聞いたとき、
「えー結局、答えがでないじゃん、だめじゃん」と、私は大いに落胆した。
しかし、 この「ごまかし」が率直に認められ、発語されること、これこそがルソーの挫折を受けとめ、列島の思想的課題に挑むための必要条件だ、と著者はいう。
《この架空鼎談を通して中江は、「天保の老人」から明治の「児童徒卒」までが、それぞれの歩みの固有性を失うことなく言葉を交わし合うことのできる──顕教密教システムを包囲しうるような──丸テーブル、穴ぼこだらけの宇宙を創り出そうとしているのである。》 p208
正確な答えを出すことが大事なのではなく、 へだてなく立場の違う人たちが課題を共有し、意見を言い合うことが大切! ってこと。
それが民主主義。
そうなのだ、民主主義に最終正解回答はたぶん、ないのですね。
■私がおもしろかったところ
私は恥ずかしながら『三酔人経綸問答』をまだ読んでいないのですが、今回、内容を紹介されておもしろかったのが、例によって枝葉末節です。
「豪傑くん」というのが、ごりごりの軍事大国主義者で 「列強に追いつけ追い越せ、アジアをどんどん占領して日本を大きくしろ」とかいう傲慢な勝ち組指向の奴かと思っていたのですが、 そうではないのですね。
ちょっとすねてる感じなのですね。
「自分たちは古い人間で、新しい(立憲主義みたいな?)制度になじまない〈社会の癌〉なので、こういうやつらが日本を出てアジアかアフリカのどこかを占領して「癌社会」をつくろう」……というブラックに可笑しい説なのでした。(占領される方はたまらん!!)
ということはつまり、 まだこの頃の侵略主義者は、自分たちが「社会の癌」だという自覚する知性をもっていたのですね。
「五国共和」みたいなことをいう厚顔さとは遠かったんですね。
■それからの兆民
さて兆民先生は、論客として人気があっただけでなく、民権運動もがんばり、人望があった。伊藤の企みによる欽定憲法ができて国会が開設されると、みんなに推されて国会議員に立候補し、圧倒的な得票で当選。
初めての国会で、あれやこれやと、国民の代表の意見が尊重されるような仕組みを作ろうとするが、どれもこれも阻まれ、とうとう絶望して「アル中だから」と、辞職してしまう。
うーん。やっぱダメじゃーん。
残念。
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