【翻訳部辞書:S】 sensitive
こんにちは。翻訳者・レビューアの小島です。今回はSということで、”sensitive”について書いてみたいと思います。”sensitive”は多義語で、業務では「機密にかかわる」という意味でよく見かけます。”sensitive information”(機密情報)などです。最近では、カタカナ表記の訳語を使う例もあるようです。”sensitive data”は、「扱いに注意を要する個人情報」という意味であれば、「センシティブデータ」と訳します。
今回取り上げたいのは、これらとは別の意味についてです。
HSP
「HSP」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?これは、Highly sensitive personの略で、直訳すると「とても敏感な人」です。すごくざっくり言うと、周囲からの刺激を強く感じる性質を持った人のことです。最近では「繊細な人」という呼び方もされています。私がこの言葉を初めて知ったのは、数年前、書店で平積みにされていたこの本を見たときです。
「繊細さん」の本(武田友紀 著)
そのときは驚きました。帯に書かれている4つの内容があまりにも自分に当てはまったからです。
まわりに機嫌悪い人がいるだけで緊張する
相手が気を悪くすると思うと断れない
疲れやすく、ストレスが体調に出やすい
細かいところまで気づいてしまい、仕事に時間がかかる
本当にそうなのです。30年ほど生きてきて、ずっと悩まされてきました。誰かと1日一緒にいると気を遣いすぎてどっと疲れたり、仕事で自分が作った資料を見直していたらいろんなところが気になりだしてなかなか提出できなかったり。「臆病で完璧主義な性格のせいだ」、「性格を変えないと」と思っても、なかなか変えられない…。そんな状況だったので、すぐにこの本を買って、読んでみることにしました。
繊細さと付き合う
ここでは本の細かい内容には立ち入りませんが(興味がある方はぜひ読んでみてください!)、私が読んで学んだことを要約するとこうです。
「繊細さは性格ではなく、生まれ持った性質なので、変えることはできない。ただし、繊細さゆえに生じる人間関係や仕事でのストレスに対処する方法はあるので、それを実践しながらうまく付き合っていくべき。また、繊細な人は、自分の感覚を否定せず、それを活かせる生き方をすると幸せになれる」
この内容にはとても救われました。性格を変えなきゃと頑張る必要もなく、自分を否定する必要もない。自分を受け入れて、自分らしく生きていこうと思えたのです。
翻訳と繊細さ
また、この本を読んで思ったのが、「繊細な人と、翻訳という仕事の相性はいいのではないか」ということです。たとえば、この本に「繊細さんの強み」として挙げられているもののうち、以下の強みは、翻訳にかなり役に立つように思います。
※「繊細さん」の本(武田友紀 著)第5章 繊細さんが自分を活かす技術 より一部抜粋
感じる力
・相手のニーズを感じとり、細やかにケアする
・他の人が気づかない小さな改善点に気づく
・相手の動作を見て、いつの間にか自分もできるようになる
・小さな仕掛けやこだわりに気づいて楽しめる
考える力
・深く考察する
味わう力
・「いいもの」を受け取り、深く味わう
・味わったものを出力する(絵や写真や音楽などで表現する)
翻訳は原文を理解して、その内容を日本語で表現する作業。微妙なニュアンスやジョーク、ウィットなども含む原文を味わう姿勢も必要でしょう。また、表現する際には、クライアントや想定読者のニーズにあった文章を心掛けないといけません。校正する時には、小さなミスを見逃さないことや、「この書き方だと別の意味でとらえられるかもしれないから、書き換えよう」といった細かな改善ができることも大切です。もちろん、こうした過程のすべてで深く考察する必要もあります。そして、翻訳の上達にはやはり、いいものをまねるのが一番です。クライアントからのフィードバックなどを見て、ポイントを自然に自分の訳に取り入れられる性質も強みになります。
自分の性質に合った仕事を
こうして考えてみると、翻訳の仕事は(少なくともこれまで経験した仕事のなかでは)自分に合っているのかなと思います。実際、前職では、職場が常に騒がしく、紛糾する会議も多く、同僚に何度も声をかけられて頼みごとをされて…と、私には刺激が多すぎました。「仕事は大して進んでいないのにへとへと」という日もしょっちゅうありました。
仕事は人生のなかで大部分の時間を費やす活動です。「好き」なことも大事ですが、「自分の性質に合っている」ことも同じように大事だと思います。より自然体で取り組めるので、成長も早く、パフォーマンスも上がるでしょう。
というわけで、(ちょっとこじつけっぽいかもしれませんが 笑)繊細な感覚を大切にしながら、これからも翻訳の仕事を頑張ろうと思います。