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読み書きの時代(ほぼ千9)
新書マップのサイトから、「4D本棚」サービスが開始された。使ってみると、これが結構面白い。各出版社の新書が数万冊揃っていて、四次元空間の本棚に収まっている。あらゆるテーマに沿って新書が並べられていて、直感的に新書を選んで概要などを読むことができる。
そこでは、以前からあった「テーマリウム」とともに、「よみもの」もあるのだが、11月末のよみもので、「新書で考える「いま」」という記事があり、ハッと気付かされた。
曰く、「読み」だけの時代はすでに終わり、一人ひとりが情報発信の「読み書き」の時代であると。(その記事は情報責任の話題ではあったが、)確かに私たちが普段SNSでやっていることは、読んで書くことであって、単純に社会を読むだけでは困難な時代になっているのだろうなと思った。
そこで、最近努めて勉強している読み書き能力である、「リテラシー」というものについて、色々と考えてみたくなった。その能力についてだ。情報社会でのリテラシー能力はあってソンはないのだが、なかなかその能力が身についているのかどうか、高まっているのかどうか、実感がしづらい能力ではないだろうか。
ひとくちにリテラシーといっても、情報リテラシーだったり、メディア・リテラシーだったり、ニュース・リテラシーだったり、データ・リテラシーだったり。ここまでいくと、「SNSリテラシー」という言葉も出てきそうだけど、これはまだそこまで定着していなさそうだ。ネット・リテラシーという言葉は割と前からあるかもしれないけれど。
SNSはかなりの「みずもの」だと思っているから、色んな器でカタチが化けるし、かなり予想のしにくいものだと体感としても思っている。20代などの若い頃は乗りこなせたところも多かったが、最近はやや距離を取って眺めている感じである。
そのSNSについてのリテラシーを高めるにはどうすればいいだろうか。ポイントは対人関係と似ているように思う。あまりにSNSで他人に近づき過ぎて依存しすぎてはいけないし、あれこれと自分を演出して他人にどう思われるだろうかと不安に思うのも不健康だし、かといって他人と離れすぎて自分が何者であるかを見失っていく疎外感もよくないと思う。つまり、「バランス」と「距離感」が肝要である。
いわゆるリアルで感覚的に体得している運動感覚が、ネットでも使えるのだと思う。体育やスポーツなどで培ったことがある人は幸運かもしれない。礼がある競技もいい。みずものSNSには水泳がよかったりしないだろうか?そういえばネットの初期は、ネットサーフィンするという表現があったなと、距離感が掴みやすいnoteに投稿をすることでバランスを取ろうとしている師走なのであった。