同じ花火を見上げながら、隣にいない彼を想った
恋人同士じゃなくなって、友達同士になろうと私から言って1週間。
やむを得ない理由があっても、悲しいもんは悲しかった。
久しぶりに声を上げていっぱい泣いた。
そんな素敵な恋だった。
泣くのはこれで最後にしたいから、ここに宣言しておこう。
この土地に移り住んで6年目にして、初めてこの街の花火大会を楽しんだ。
大学時代は変に真面目すぎたので、みんなが花火大会に遊びに行く中、決まってシフトがスカスカになるバイト先に、毎年貢献していた。
事実私は人混みが嫌いだし、と思っていたけど、本当は寂しさをバイトの忙しさと偽善の心で紛らわしたかっただけだろう。
大学では、私は誰とでも仲良くできたが、これといって深い仲の友達は作れなかった。みんな私より仲の良い誰かがいた。そういうお祭りには、誘われることも一番に誘える人も特になかった。
そんなこんなで、この街の花火は、上がる音を聞きながら働いた記憶しかない。
「来週、友達と花火を見に行ってくるんだ。
鱗さんは、人混み苦手だもんね、行きたくないでしょ?」
その時はまだ恋人だった彼が言う。
去年も付き合っていたけど、そういえば全然行く気なかったっけ。今年も考えてなかったわ。
それくらいで、むしろ彼を誘ってくれた友達に感謝したほどだ。
そして別れて初めて迎えた週末が、その花火の日だった。
予定があるわけでもなかったので、ご飯を食べて手持ち無沙汰になる。食器を洗っていると花火の音が聞こえて、一昨年までのバイトの時と同じだあ笑、なんてことを考えた。
でも、なんだか今年は花火が気になってしまった。
こんなに音が近いんだから、外に出たら見えないだろうか。そんなことを思ってちらっとベランダを覗くと、なんと部分的どころか花火の全貌が綺麗に見える。せっかくなので贅沢に、ベランダに椅子と飲み物を持ってきて、一人で花火を堪能することにした。
初めて観るこの街の花火は、とても新鮮だった。
「ここの花火はね、短時間にすごい数の花火が上がるんだ。インターバルがないんだよ。だからこの前隣町の花火に行った時、綺麗だったけど物足りなさを感じてしまったんだよね。ほら、何部かに別れて、長い休憩があるでしょう?あれがね、僕は勿体ないとさえ思ってしまったんだ。ある意味新鮮で、驚いたんだよ。」
と、彼が話していたのを思い出す。
確かに言う通りだ。間髪なく花火が次から次へと上がってくる。
それに、花火一つ一つのレベルがすごく高い。ただの丸じゃなくて、六芒星のように広がる花火や、螺旋状に光るオーナメントのような花火があった。色も、単調という言葉を知らず、赤や緑や白や青、オレンジなどが上がっていく。
フィナーレはこれでもかと言うほどの数の花火がどんどん上がる。派手好きでせっかちさんの多いここの県民性に、ぴったりな花火だなと、少しおかしくなりつつ、感動したいい時間だった。
そんな花火を見ながら、ふと考えたことがある。
私にとっては初めてで、こんなにも新鮮な花火は、彼にとっては記憶のないほど小さい頃から当たり前に慣れ親しんだものなのだ。不思議な感覚だった。
今まで6年もここにいたのに。私はこんなに素敵な花火を知らなかったのだ。見ないのが普通で、見ようともしなかった。
この花火のように、彼のことも、知らないままだったのではないかと思ってしまった。
そして、彼の発言を思い出して考える。
彼も、私のことをどこまで知っていただろうか。
同じ花火を見上げているが、彼は会場にいて、私は家にいる。その様子が、まさに私たちの今までの関係そのものを表しているような気がした。
同じ方向を見ていたり、同じ結論に向かって話していたりしているはずなのに、お互いのことは見えなくて分からない。でも、お互いがお互いに時間を充実させたことだけはわかる。その隣に自分が居なくても。互いが幸せそうなら、それが一番だと思っていた。
でも、本当は私、浴衣を着て一緒に行きたかったのかも。彼もそう思っていただろうか。私は、彼に寂しい思いをさせていなかっただろうか。
「寂しいから会いたい」「一緒にいたい」という部類の言葉は、彼にとって重いかなと自分だけで考えて結論を出して、言ったことがない。彼にもそう言われたことは無い。
でも彼は、会った時には「会いたかった」と高確率で私に言っていたのだ。
先日の恋人を辞めた話し合いでも、
「だってきみはさ、私の地元、絶対来ないでしょ?」と、決まったように聞いてしまった。しかし、即答だと思っていたのに、意外にも彼は数秒考え込んだ。その上で『うん、無いね』と言ったけど、本当だったか?
1年4ヶ月付き合ってたのに、彼の本音は分からないままだった。1番聞きたいことは聞けなかった。怖がりな私は、彼が心を許すところまでしか、踏み込めなかったのである。
また、恋人と喧嘩が出来ないまま、恋を終えてしまった。
彼にも、私が泣きじゃくるところや、本気で怒ったところは、1度も見せるチャンスがなかった。
付き合ってから最初のデートで、
「沢山喧嘩しよう。あなたが自分の気持ちを言うのが苦手なのは知ってるけど。私には何を言っても大丈夫。何回喧嘩しても嫌いになんてならないよ。その分だけ、仲直りしよう。」
って言ったのは、私だったのに。
と、しんみりした気持ちに浸ってしまっていると、深夜に、彼から返信が返ってきた。
正直、もう連絡を取って貰えなくても仕方ないかもと諦めていたが、そんな心配を他所にスパンっと返事が来て、
実は友達になってから、記念すべき初めての遊ぶ予定が立ったのだ。
付き合っていた時にずっと行きたいと言っていた場所だった。
予定を立ててから、別れてから今日までの1週間を少しだけ話す。
「元気になったよ、私は大丈夫」と言った。
いつも通り会う時間を決めて、車は彼にお願いした。高速代かご飯代は出すから運転はお願い、と。
なのに彼は車も出してくれる上ご飯代も高速代もいらないと言うから、たまらず言ってしまった。
「それ、普通に友達と出かける時にも同じこと言う?少しは出させなさい?」
それに対して、彼が一言。
『あ、そっか、もう友達なんだね、、』
その一行を読んで、途端に涙が溢れてしまった。
限界だった。今までお互いに、悲しむ様子や表情は見せまいとしていたのに、そんなに寂しそうに言ってくるなんて。彼をこんなに悲しませてしまっているなんて心から申し訳ないと思った。私も悲しかった。
でも、意外だった。彼が私と別れたことに対して、こんなに悲しんでくれていることが。もっとケロッとしてるかと思ってたのに、無理にでも笑っていないとやってらんないと素直に言われたことが。彼の悲しむ顔も、怒ったところも、今まで見たことがなかったから。
もっと、付き合っている時に、彼のこういう人間らしい部分を知りたかったが、どう考えても、恋人同士の私たちにはそれは難しかった。
私たちは、互いのことを大切にしすぎたゆえに、傷つけるようなことを避けすぎてしまっていたのだ。だから、心地よかったかもしれないが、100%甘えて寄りかかることも出来なかった。
でも、私には、友達としてのチャンスがまだある。むしろ、私たちにとっては、「友達として過ごす時間」が必要だったのではないかとさえ思えた。
友達になってからの方が、何も考えずに、容赦なくなんでも言えるようになっている。自分の気持ちにもっと素直に。「悲しむ顔を見せたら、自分よりも悲しむかな」なんて思わずに。
それは彼にとってもそうみたいだった。
彼は今後、いつかは私ではない人と出会って、長い時間を共にして、結婚して夫婦になっていくんだろう。私も、彼でない誰かといずれはそうなりたいと思っている。それには少し、お互いに矯正が必要なくらいには、不器用な私たち。
それまでに、友達として、あなたを支えるだけでなく、もっとあなたのいい面を見つけて引き出して、良い男にしたるから。だから得意なポーカーフェイスはやめてよ。せめてものその期間は、わがままに人間らしい君が見たい。
まだまだこれから、日々新しいきみを知っていけるなんて、私は相変わらず幸せもので贅沢だな。
来週、彼に会ったら、言おう。
「いっぱい喧嘩しよう。何でも来い。私だって反撃するから覚悟しろよ?」
今度は絶対、こんなボロボロの泣き顔でさえも見せられるような人と結婚しよ。
そう決めて泣き腫らした顔で笑った日曜日。
泣くのは、これで最後にしよう。