
ママ35才。左車線の左ハシッコを、ノコノコ走る勇気。
EVトゥクトゥクという3輪の乗り物で、息子を小学校まで送迎している。
その乗り物に乗りはじめて、
もうすぐ1年だ。

小学校への道のりは、171号線という大きな道路をまっすぐまっすぐ走る。最高速度の標識には「50」という数字が表示されている。
その乗り物は、なんとか50キロまではスピードが出るけれど、電池が減っていくにつれて40キロくらいまでしかスピードが出なくなるという、なんだか不安定な乗り物だ。「最高速度50キロ」の道路といえど、なんだかんだ60キロくらいで走っている車も多いのだろう。なかなか車の流れについていけない。
「うわっ。どうしよう。全然スピードが出なくなってきちゃった。ジャマになってないかな。めっちゃ抜かされてる。こわいよこわいよ〜。」
乗りはじめてすぐの頃は、ドキドキハラハラしていたけれど、1年も経てばだいぶ慣れてきた。
左車線の、できるだけ左ハシッコに寄って、ノコノコと走る。
左車線の右ハシッコを使って、ビュンッと車が私たちを抜かしていく。ふとバックミラーに目をやると、私たちの後ろには誰もいない。
右車線には、おそらく60キロくらいのスピードを出している車たちが、まっすぐ連なって私たちの横をビュンビュンと通り過ぎていく。
まるで、私のいる車線とは時間の進み方がちがうみたい。別世界にいるみたい。
そんなふうに思うときがあった。
小学校に入学してすぐの頃、私の時間の進み方と、小学校1年生の息子の時間の進み方は、たぶんそのくらいの違いがあったんだと思う。
「朝9時までに、息子を小学校に送り届ける」というのが、私の役割。幼稚園は特に遅れても問題がなかったけれど、小学校になったら時間はしっかり守らないと。
当たり前のようにそう思っていた。だからなんとか息子を起こして、朝ごはんをせかすように食べさせて、引きずるようにしてトイレに連れていき、パジャマをはぐようにして着替えさせて、時間に間に合うようにがんばって学校に送り届けていた。
でも息子を送り届けたあと、なんだか嫌な感じの疲れがドッと押し寄せてくるのだ。
自分の役割を終えたあとの「スッキリとした気持ちのいい疲れ」ならいいのだけれど、そうじゃなかった。何か大切なものをねじ曲げて、なんとか強行突破しようとしているとき独特の「気持ちのよくない疲れ」だった。
そんなある日、息子を小学校に送ったあと、電車に乗って出かける用事があった。
1度家に戻るのも面倒なので、トゥクトゥクを小学校の近くに停めておいて、小学校から歩いて15分ほどの最寄り駅まで歩いて行くことにした。
「やっほー!」
私とは逆方向に向かって歩いている女の子2人組みが、私に手を振っている。小学校の子たちだ。
「おはよー!」
私は2人に手を振り返した。すれちがったあと、クルッとふりかえる。女の子たちは、楽しそうにおしゃべりしながら、のんびりと歩いている。もちろん、小学校に向かっているのだろう。
ふと時計を見ると、9時ぴったりくらい。あのペースで歩いていたら、15分くらいの遅刻になるだろうなぁと思った。
「あ!りんりんのお母さんだ!どこ行くの?」
また、私とは逆方向に向かって歩いている女の子に声をかけられた。小学校の子だ。
「今日は電車に乗って出かけるの。」
「そうなんや。バイバーイ!」
サクッと言葉を交わして、手を振り合った。すれちがったあと、クルッとふりかえる。女の子は、やっぱりのんびり歩いている。もちろん、小学校に向かっているのだろう。
ふと時計を見ると、9時5分くらい。
あきらかに小学校がはじまる9時には間に合っていない女の子たち。つまり、遅刻をしている彼女たち。
遅刻をしている人=のび太くんみたいに全力で走っているイメージがあった。少なくても、早歩きくらいにはなっているイメージだったのだ。
そのイメージとはあまりにもちがっていた小学校の子たちを見て、あれ?と思ったのを覚えている。
私自身は、遅刻するのがすごく苦手だったのだ。遅れて教室に入ったときに、みんなの視線が一斉に自分に向く、あの感じが苦手だったからだ。だからギリギリ時間に間に合いそうだったら走ったし、もうすでに遅刻しているときでも、体を緊張させて学校までの道のりを歩いていた。
「遅刻してくる子って多いの?」
「チコクって何?」
「遅れて学校に行くことだよ。」
「うん。おくれてくる人、いるよ。」
「遅れても、特に何も言われないの?」
「うん。別に何も言われないよ。」
「遅れて教室に入るの、気まずくない?」
「何が?なんで気まずいの?」
息子の通っている学校には、どうやら「遅刻」という言葉はないらしい。
そういえば、「チャイム」もない。
時間割はあるけれど、みんながいつもいっしょのことをしているわけではない。遅れていっても、だれかに迷惑をかけることはない。
そもそも、なんであんなに必死に時間通りに学校に行っていたんだろう。
怒られるから?
そもそも、なんで怒られていたんだろう。
だれかに迷惑をかけるから?
遅れたら、だれかに迷惑をかけていたっけ?
勉強についていけなくなるから?
それは確かにあるかもしれないけれど。
自分のために勉強しているのだとしたら
それで怒られるのもなんかちがう気がする。
「朝9時までに、息子を小学校に送り届ける」というのが、私の役割。
その「朝9時までに」という部分が、
フワッとやわらかくなるのを感じた。
朝9時に学校がはじまる。だから、その時間を目指して行く。でも、朝が苦手&超マイペースな息子のリズムをねじ曲げるようにして、なんとか間に合わせることはやめた。
すると、10分〜20分くらい遅刻してしまう日が増えた。
それが正解かはわからないけれど、
少なくとも、息子を送り届けたあとの私の疲れが、スッキリ気持ちいいものに変化した。
毎日のことだから、
その変化はすごく大きい。
左車線には、必ずといってもいいほどに、バスが走っている。バスはバス停に停まるために、左車線を走るのだ。
私は車がいっぱいの171号線で、右車線に移動するのがすごく苦手だ。だから、バスがバス停に停まると、そのままバスが動き出すのを待っていることも多かったりする。
左車線の時間の進み方は、
なんてゆっくりなんだろう。
私は好きな音楽を流して、口ずさむ。
息子はぼんやり外の景色を見ながら、
時に、その音楽に合わせて歌う。
時に、私に話しかける。
そして、ゾロ目のナンバープレートを見つけたら、うれしそうに私に教えてくれる。
左車線の左ハシッコをゆっくり走ればいい。少しくらい、9時を過ぎてもいい。
そうやって気持ちをゆるめてからは、息子を送るその時間を、少し楽しめるようになった。
なんとか車の流れについていかなければ。
なんとか9時に間に合わなければ。
そんな気持ちのときには、「周りの車」のことしか見れなかった。信号にひっかかるたびに、時計ばかりをチェックした。
息子を学校に送る、朝の片道20分。
その時間が、私のところに戻ってきてくれたような気がした。
周りに合わせようとしすぎたり、
目的地に、予定通りに着くことに必死になりすぎてしまうと、
「自分の時間」が、そこだけポッカリなくなってしまうのかもしれない。
そんなことを、ぼんやりと感じた。
超マイペースな息子。
「遅刻」という言葉のない学校。
スピードの出ない乗り物。
私の前で、ゆっくり走っては停まるを繰り返す、大きなバス。
私の周りは、なんだか時間がゆっくり流れていて、自分の思うようにスピードを出せないでいる。
そんな状況に、
焦る気持ちが湧いてくることもあるけれど。
なんだか
じれったい気持ちになることもあるけれど。
多かれ少なかれ、子育て中のお母さんが感じている気持ちなのかもしれない。
左車線を走りつつも、
上手に右車線に移動したりしながら
スイスイと自分のやりたいことを叶えていくお母さんだっているのかもしれないけれど。
私は今日も
左車線の左ハシッコを
ノコノコと走っている。
私の描く目的地には、いつたどり着けるんだろう。もう少し早くたどり着いている予定だったんだけれど。
そんなことを思いながら運転していると、バスがバス停で停まる。よしっ!と気合いを入れて、右車線に移動しようとタイミングを見計らう。なかなかタイミングがつかめない。私が移動するよりも先に、バスがゆっくりと動き出す。まぁいいか、と、またバスの後ろをノコノコと走る。
そんな日々の繰り返しだ。
でもこの1年間で、
たくさん遅刻して、
たくさん停止して、
たくさん追い抜かされて。
左車線の左ハシッコを走ることに、慣れた。
そして息子をはじめ、自分のペースでのんびり楽しそうに歩いている子供たちや大人たちと、たくさん出会って。
左車線でノコノコと走るのも悪くないなぁと思っていたりもする。
そして、
ノコノコ走っていても、
何度信号に引っかかっても、
何度バス停で停まっても、
必ず毎日学校に、
たどりついているということ。
その毎日の積み重ねが、なんだか妙に私を応援してくれているようにも感じる。
自分のペースで
今、目の前にあることを楽しみながら、
今、目の前にいる人と楽しみながら、
ノコノコと前に進めばいいか。
ふと気づけば、
目指していたところにたどり着いていた。
そのくらいの気楽さで。
焦らずに、日々を楽しめたらいい。
超マイペースな息子を後ろに乗せて、
「遅刻」という言葉のない学校に向かって、
今日も左車線の左ハシッコを、
ノコノコ走る。
息子はまだまだツルンと丸いホッペをしていて、「母ちゃん!母ちゃん!」と私を呼ぶ。それもきっと、あと数年。
小学校1年生の、ゆったりとした時間の進み方に合わせて、今しか見られないこの景色を味わいながら。
目的地に時間通りにたどり着くことばかりを教えられてきた子供時代の私に、「それが1番大切なことじゃないんだよ」と、伝えてあげているような気がしている。
最後まで読んでいただいてありがとうございます(^^)
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