問題設定そのものを問う 醸造#5
1 相談内容≒検討課題
弁護士の仕事は、依頼者からの相談を端緒とすることが多い(弁護士の方から商品をパッケージとして作って営業をかけにいくということも昨今は増えているが、それも、依頼者の潜在的なニーズ(相談)を見越していることが多い。)。
依頼者からの相談内容は、検討の端緒であって、検討課題そのものではない。
具体例を挙げる。
顧問先から、「この業務委託契約書をざっとレビューしてください。」との依頼が来たとする(この「ざっとレビュー」というのが、専門家としてはかなり高度な技術であるのだが、今回の筋とはずれるので割愛する。)。
この場合に、業務委託契約書を一通り確認して、契約書の文言を幾つか修正して、依頼者に修正案を送付する、というのは、相談内容=検討課題という認識のもとでの検討ということになる。
一方で、業務委託契約書が前提にしている業務について事実関係を確認し、当該案件を契約書の形式チェックで終わらせるのはまずいとのアラートを発して、依頼者と打合せ、法的リスクを許容水準まで下げるような検討を進める。
この検討は、相談内容≒検討課題という認識のもとで、相談内容そのものを検討対象に含めている。
依頼者は、目の前の問題について、法的な検討の必要性(法的リスク)を検知して相談しているのだが、その問題設定が、法的に見たときに適切か、という検討自体も我々の職責として含まれている。
これは何も弁護士の仕事に限った話ではない。
多くの仕事は、顧客のニーズが端緒となるが、顧客のニーズを正確に検証し、顧客が抱えている問題を的確に解決することが求められている(いわゆる課題解決型のビジネスだけではなく、新たな価値を提供するというスタイルのビジネスも増えているが、その場合には、顧客が受け入れるであろう価値を想像し、創造していくということになる。)。
以上から、サービス提供者としては、顧客の相談内容≒検討課題ということを認識する必要があるということになる。
2 実務と試験の違い
顧客の問題設定そのものを問うという姿勢が、実務と試験との大きな違いである。
試験においては、問題文が与えられ、事実関係は所与のものとして試験問題に記載されている(勿論、試験問題の情報量に応じて、適切な場合分けが要求されることもある。)。
実務では、依頼者からの相談内容が問題文の代わりとなるが、相談内容それ自体は問題文ではない。
相談内容を端緒として、必要に応じたヒアリング、情報収集をして、問題文をつくる必要がある。
すなわち、試験では解答をつくるが、実務では、問題文と解答をつくる。
これが、実務と試験の大きな違いである。
なお、試験の解答においては、問題文に応じて適切な場合分けが要求されることがあるが、実務においては、ヒアリング等の情報収集により、場合分けを解消できるケースも多い。
そのため、検討に伴って場合分けが必要になった場合、顧客と適切にコミュニケーションをとることが求められる。
顧客がその場合分けを必要としていない場合、顧客にとっては不要な検討をしたことになるからである。
3 問題解決における問題設定(再設定)の重要性
問題解決とは、顧客のニーズを適切な問題(検討課題)に変換し、問題を解消するために取り得る選択肢を検討し、その選択肢を諸要素(経営資源、問題に内在するリスク、選択肢の有効性等)に照らして評価し、どの選択肢を採るべきかを判断して、問題を解消する一連のプロセスをいう。
問題設定(あるいは、再設定)は、問題解決の出発点であり、ここで方向性を見誤ると、その後の検討が徒労に帰すことになりかねない。
問題設定というのは、問題解決のプロセスにおいて、極めて重要であり、この段階でできるだけ多角的な視点で検討する必要がある。
ただし、時間的制約等により、事前に適切な問題設定ができないケースも多い。その場合には、問題を仮置きして、先に進み、検討状況に応じて、問題設定を見直すことになる。
一度立てた問いに疑問が生じたら、柔軟に見直すことが必要となる。
これが、問題文が所与ではないことの意味でもある。
4 まとめ
目の前の問題を解決するための選択肢を検討し始めると、ときに、問題設定そのものの妥当性の検証が疎かになることがある。
また、依頼者の相談内容=検討課題という意識があると、問題設定を問うという意識を持ちにくくなる(依頼者の相談内容≒検討課題だとわかってはいても、無意識のうちに、依頼者の相談内容に意識が拘束されてしまうケースもある。)。
「問題設定そのものを問う」という視点を忘れないようにしたいと思う。