日々と珈琲。
高校2年生の12月、私は片思いをしていた。
憧れのあの人に。
やっとの思いで、遊びに誘う。あのコーヒーショップの新作のドリンクを飲みに行く約束をした。
新作のドリンクはホリデーシーズン限定で、ストローがクッキーになっていた。
休日の午後だったせいか、店内の席が埋まっていた。横浜駅で何店舗も巡って、やっと空いている店舗を見つけた。
お目当てのあのドリンクを頼む。
向かい合って座り、お喋りを弾ませようとするけれど、クラスも部活も違う理系のあの子と何を話せばいいのかなんて、ちっとも分からなかった。
私の心臓の音が響いていたと思う。
その時、店員さんが話しかけてきた。
「今週始まった新しいお豆のコーヒーの試飲いかがですか?」
少し困惑しながら、私たちはカップを受け取る。
私はコーヒーなんて苦くて飲めなかった。というより、それまで飲んだことがなかった気がする。彼は、毎朝コーヒーを飲んでいると言った。
17歳の私にはそんな彼の姿がとびっきり大人に見えた。
試飲でもらったコーヒーは苦かった。
これが、彼との唯一の思い出
この恋も苦かった。
そんな私は今、緑のエプロンを着てコーヒーショップで働いている。新しいお豆のコーヒーの試飲だって勧める。特徴だって説明できる。
日々と珈琲。という屋号の珈琲屋さんの知り合いだってできた。
私の日々は、一杯の珈琲を淹れるところから始まる。
もう珈琲は苦くない。