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【viva不登校】決意表明いたします

「不登校」、この言葉を死語にする

これが私の決意である。「不登校」この言葉に抱くのは嫌悪感以外の何者でもない。もはや脊髄反射レベルである。「登校拒否」という言葉も同様だ。この2つの言葉の定義、その違いを語る識者もおられるが正直どちらでも良い。その違いを学術的に経験的に分析するよりもこの事象の前提にあるものに目を向けそちらを変える方が遥かに大切だ。寧ろ今の世の中の潮流に逆行しており事態を悪化させるとすら思っている。

何が嫌かと言うと、一言で言えば「マイナス」の言葉だからである。「不」や「否」と言う文字が与える影響は計り知れない。

「不登校」や「登校拒否」という言葉をネット検索してみてほしい。表示される情報には「復帰」「改善」「対処」などの言葉が並ぶ。この事象の前提を「マイナス」に置いているようにしか見えない。これがとても気持ちが悪い。

「不登校」は本当に「マイナス」なのだろうか?「不登校」を「マイナス」と見る方が「マイナス」のような気がしてならない。「マイナス」でも「プラス」でもなく「ニュートラル」だ。わたしが妻を見る目も「ニュートラル」だ。

学校も先生も親も何より子供たちもみんな頑張っているし、日々向き合っている。だからその前提を変えていきたい。

「不登校」、この言葉を死語にする

これが私の決意である。

ちなみにviva不登校というフレーズにはその想いが込められている。この想いに賛同いただける方々の輪が広がっていくならば本望。最高でございます。 

今日の自分は熱い。触ると火傷します。

viva不登校。

⇨不登校に悩む親御さんたちに届けばと不定期でおもろなワークショップを実施しています。よければのぞいてみてください。




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tomo3@「不登校」は社会成長の鍵と思う1人の父親であり経営者の呟き
ここまでお読みくださりありがとうございます。基本的に「褒められ」「乗せられ」「おだてられ」ぐんぐん伸びる私です。皆さんのリアクションに勇気百倍です。重ねてありがとうございます。