グリーングラス・ヒーロー

田舎の家を通り抜ける風が
さりげなく
窓際にぶら下がる風鈴を鳴らし
飛び出していく

時は過ぎ去り
幾年も幾年も
経ったみたいに
長くだらだらと
布団の中で眠る僕は、
いつまでも起きない

いま、緑色の草原を駆け抜ける風の中では、
遠い記憶が薄れていく

そう、
バイクで夜中を駆け抜ける16歳の日々は
夜の街の尖った光みたいに、
油断したら絶望が襲い掛かる
目玉のような闇を照らすフロントライトは
いつでも派生形だ、
ガードレールめがけて突っ込んでいく
スピードの中で、
だけど、
そんなとき、
やさしい音楽が聴こえたから
ぎりぎりで
曲がりきれたんだ

どこか遠くで
どこか近くで
やわらかな羽が舞っている音がした

世界では
細い雨が降る
緑色の草原でも同じように
細い雨が降る

駆け抜ける
目を細くしながら
全速力で
懐かしくも寂しい風景を捨てながら、
ここを全速力で走りながら
グリーングラスヒーローに会いに行く。
彼は見知らぬ仮面をかぶり、
何もしゃべらず
何も語らず
時間だけを消費する

横浜の朝の光が薄汚れた鏡に映り
横断歩道を黄色のレインコートを着た人が歩くのが
少し開いたカーテンの隙間から見えるとき、
女がゆらゆら起きて帰り支度を始めた
何やら事情を聞くと、
重そうに頭を抱え、親戚の葬式へ今から向かわなきゃならないと言った、
香りはきつく ベッドの中で見つめる僕は、
ただただ見つめるばかりで
女の横顔を見る

斜め下に落ちていくような
アルコールの夜に
見上げても何も見えない
遠い遠い光みたいに、
女はそのまま葬式へ出かけた
さようなら。も言わずに。

それから
僕はどこにいるのか、
あいかわらず独身なのか、
それとも妻子持ちで、まともに働いているのか。
わかりやしないけれども、
緑色の草原を風が吹き、過去も未来もなく、
グリーングラス・ヒーローが笑って駆け抜ける黒い影が見え、
追いかける。

あの匂いあの声が亡霊みたいにウロウロし、
風の中、光の中で、
雨が降り、
時は過ぎ去るばかりで消費され
残るのは静寂だけで
さらさら形だけが動くようになる。