人生初の炭酸飲料は、ラムネです。(ビールの泡は別として)良い炭酸も、悪い炭酸の思い出もありました。
ラムネ、近所の駄菓子屋さんに、暑い日の畑仕事で、「ラムネでもこうて来い!」とおばあちゃんに言われては、買いに行ったものだ。
ラムネは、昔は、割り箸や、店先に玉推しがぶら下がっていた記憶で、コンと押さないと、飲めなかったので、親父さんや、大人たちに開けてもらった記憶。
中に入っているビー玉が魅力的で、それを取り出せたら、ビー玉遊びに使えるのにと、思ったものだ。でも、また、カラ瓶をお店に持っていくと、幾ばくか換金してもらったのかな?記憶がない。
三ツ矢サイダー、キャメルサイダーなんてあったのかなあ。ラクダの絵が描いてあった。それは、コップに注いでもらって飲んだ記憶。
次は、「三河屋さん」(仮名)に瓶入りファンタを1ケース親が注文してくれた。それが夏のおやつがわりとなる。グレープが好きでしたね。それと、そろそろ、「ちゅうちゅう」(ビニール入りジュースを凍らせて食べるアイス)かな。
その頃、小学校6年、茶の間に入り込んだ、野外学習グループの4〜5人が、ソファで寛ぎ始めて、「何か出せやい!」とは口では言わなかったけど、そんな雰囲気だったので、ファンタを一人一本ずつ渡して、栓抜きで抜いて、飲んでもらった。
中学生になると、ファンタは、甘ったるくなったので、飲む量が増えたこともあって、キリンレモンに昇格してもらった。これも、「三河屋さん」にワンケース注文。夏のおやつは、「キリンレモン」となる。
今だったら、カルピスと、サイダーの炭酸割りとか、ハーブティ、ジンジャエールの素とかで、工夫できるんだけど、昔は、サイダーは、サイダー、カルピスは、カルピス、水で割るものとしか頭がなかったのでしょうね。
自然の炭酸で、驚いたのは、「唐沢鉱泉」の小さなチョロチョロ沢には、微炭酸なる水が。それには、驚いた。まだ、お酒が飲めた頃なので、軽く、ウィスキーの炭酸割りとか、少し楽しんだ。
嫌な思い出は、「ペリエ」です。もう、ペリエの瓶入り見なくなりましたけど、海外へ行くと、ペリエの緑色のボトルを買って、ハーブティで割って飲んでました。緑は涼しげで、ハーブティで割ると、ビールっぽい色に現地の人が勘違いして、おさまっていた、アル中(酒癖が悪い)が、その魅惑の「ペリエ」緑ボトルで、ビールの味を思い出したようで、アル中悪化(山型飲酒に、問題行動を起こす)、またはスリップとかいう。飲ませたわけではない、奴が勝手に取り上げて、宙に浮かしながら、「うまい、うまい」と飲んでいた。それは、失敗だった。私の油断でした。