それは本当に知っているのか?
おはようございます。ともたけです。
昨日からようやく「勇者ヨシヒコ」を観始めましたw。シリーズそのものは知っていたし、ドラゴンクエストのパロディであることも知っていました。しかし、観たことはありません。
このように本当は知らないのに、ちょっとした情報だけで知ったような気になることはたくさんあります。
大事なのは、それだけの情報で勝手に判断してはいけない。ということです。情報が多すぎる現在、このように「知ったつもりでいる」ことはたくさんあります。
本当に知っている。といえるのは体験があることが必要だと思います。
体験していないことも「知っている」
例えば「食べログ」の評価や口コミがあります。それを知っている人は「あの店知ってる?」となると「知っている」と答えるでしょう。それは文字通り知っているだけで、実際に店に行ったり、食べたりといった体験していないケースもあります。だけど人は「知っている」と答えます。
しかし、本当の意味で「知っている」といえるのは知識としてあるだけではなく、体験も加えたものだと思います。
「知っている」の先
「あの店、知っている?」
「知っています」
という会話は、一見すると共感できたと感じるのでしょうが、これで終わったのに「共通点があった」と思うのには足りません。
その知っているが、インターネットの情報や第三者からのまた聞きだったりもするからです。だからこそ、その先を聞くべきです。
「あの店のあの料理、おいしかったよね」とちょっと踏み込むと、より具体的な共感につながることもあります。それが「それもおいしいけど、別の料理もよかったよ」といった別の情報が手に入ったり、「食べログでしか知らないから、今度案内してよ」とか話が広がることにもなります。
本当の意味で知っていることで、会話が先に進み、人との共感できるポイントも増えるのです。
まとめ
情報の多い現在、「知っている」と思うことはたくさんあります。ただ、それが体験をともなうものか。というのは大事なことです。それが「知っている」の先にあるものです。
知っている先になることで、うわべだけではない、共感や話題にもつながっていきます。だからこそ、ちゃんと知識を入れるだけではなく体験もしていきましょう。
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