正弦定理11
❏定:正弦:理:元:清
16年前。
正弦と一緒に遊んでいた定は、正弦の家から奇妙な物音を聞いた。
怪しんで正弦宅を覗く二人。
家の中は、熱い風が吹き荒れていた。
そこには何者かに抗う正弦の母、清(きよ)がいた。
「この子は渡さない!」
そう叫んでいた。
「お母さん!」正弦は清の元へ行こうとしたが、清が「来ないで!」とそれを制した。
しかし、すぐにすさまじい声をあげて倒れてしまった。
正弦は駆け寄り、産まれたばかりの妹・理を抱え込んだ。そして、何者かを睨みつけた。
「この子を狙っているの?」「いいわ。なら私に取り付いて!」7歳の少女とは思えない気迫。定はこの時、この正弦の美しさに目を奪われてしまった。
間をおいて、正弦は悶え苦しみだした。
「定。母さんが……」
自分が苦しいのに、母のことを心配し、理をしっかりと抱いていた。
それまで、一歩も動けなかった定は、
「おじさんを呼んでくる!!」
そう言って走り出した。
ただただ、泣いて震えながら。
山の入口に正弦の父、元がいた。
事情を聞かされた元は青い顔で自宅へ駆けつけた。
幼い定は追うことができず、遅れて到着した。
吹き荒れていた風は、ピタリと治まっていた。
そこには、幼馴染のあどけない少女はもういなかった。
顔付きが代わり、感情の抜けた正弦が佇んでいた。
「正弦」元はつらそうな顔で正弦をみていた。
秋月家ではない正弦の母親は、理を守ろうと物の怪を自分に取り入れようとしたが、物の怪の気にやられて息絶えていた。
それを見た正弦が、今度は自分に物の怪を取り入れた。幼い正弦にはさぞ苦しいことだっただろう。しかし、見事に妹、理を守ったのだ。
『神社を造りて我を巫女とせよ。さすれば流行り病も治まろう』
少女の声ではない、別の声でそう言っていた。
「なるほど、秋月家を利用するために病を流行らせていたのか」
元はくやしそうにつぶやいた。
物の怪が見えずとも、一部始終を見届けた定。
「正弦にずっと着いていてはくれぬか」
元に言われて以来、ずっと正弦のそばにいる。
元はその後、理を連れて姿を消した。
しかし、このことは誰にも言えない。
何よりも、正弦が悲しむ。
自分にできるのは、正弦のそばにいることだけだ。
あれ以来正弦は、その時の記憶を無くし、生きている。
両親も妹も平穏に暮らしているのだと思っている。
それでいい。定は思う。
嫌なことを思い出させなくとも良い。
※途中から読んでくれたあなたへ
名前の読み方が特殊です。
正弦 せいげん
定 さだ
理 みち
その他の登場人物もだいたい一文字の名前がほとんどです。
よろしくお願いします。
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